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狭い部屋とブルーハーツ / 創作

1000のバイオリンを5周ほど聴いていたら朝になった。友人と近所の居酒屋に飲みに出掛けて、よく分からない時間に眠ってしまったらしい。酔いが廻ると顔が浮腫んで、鼻が詰まる。ふらふらと部屋の中を動き回り、シンクの前で水を飲み乾した時点で時刻は3時だった。いつ眠りいつ起きたところで、生活への支障は何もないのだけれど、このまま眠ってしまえば、目を覚ますのはきっと翌日の昼頃くらいにはなる。もうすぐ夏が来るから夜明けも近いだろう、そう思って起きていることにした。ベッドに座って、CDプレーヤーの電源を押す。大した小細工もなしにアルバム冒頭一曲目が流れ始めた。少し経ってから、ベッドが湿っていることに気が付く。枕にもたれ掛かるようにして置かれたレモンサワーの飲み口から、漏れ出た液体が布団を濡らしているらしい。その発覚とともに、友人との別れ際に「もう学生の頃みたいにはいかないな」という類の言葉を交わしたことを思い出した。

二日酔いとまではいかないが、寝起きから2時間程度たった今でも、身体の中にアルコールがへばりついているのを感じる。空腹を感じない割にどこか口寂しいのもそのせいかもしれない。空が明るくなるまで暫くはベッドの上で過ごした。CDの巻き戻しと再生を交互に繰り返しながら、朝を待つ。アパート裏にこぢんまりと立つ神社周辺の木立には小鳥の塒があり、日の出と共に甲高い声を上げながら鳥たちは飛び立つのを、バイトに出掛けながらよく聴いた。そんなバイトも昨月に辞めた。背中の方から段々と鳥の羽ばたく音が聞こえる。背の低い宅地に少し突き出るようにして建つアパートにぶつからないようにして、ベランダの脇を鳥が羽音を立てて掠めていく様子が、カーテンの隙間から見えた。こうして冷静に朝を迎えるのは久々だった。

朝方のコンビニだから、ホットスナックの陳列が充実している。出勤するサラリーマンも串に刺されたものを避けるし、後処理がビニールに包まれた商品と較べて格段に面倒なのかもしれない。飴色に輝いたホットショーケースの中でフランクフルトやからあげ棒が綺麗に整列している。悩みもせずに狙いを定めて、つくね串を買った。コンビニで買うなら、いつもこれだ。特に今日みたいな中途半端な時間の空腹を携えている日はよっぽど、食べ応えのある食べ物が良かった。この頃近所のコンビニはホットスナックに力を入れているらしい。空調の風に押し流されるようにして、壁面に飾られたポップが踊っている。先月は惣菜コーナー、先々月はアイスのコーナーがそれぞれ賑わいを見せていた。夏が終わり、秋へ向かっているこの頃だから、販売戦略も時期に沿ったものだと思う。買わなければタダなのに、数本まとめて割り引くという制度に流されて揚げ物を複数買う人の気持ちがよく分からない。
会計を済ませてから外に出ると空がすっかり明るくなっていて、人も車もせっせと動き始めている。流れに乗りもせず抗いもしない生活を続けていると、段々と社会に置いていかれていることを感じるのだった。

特に夢もビジョンもないまま大学に進学した。もともと " やれ " と言われたことだけは出来たから、勉学に対してそう難しさは感じなかった。しかし自己開拓を主とした学生という身分になって途端に感じる、筋道の分からない生きづらさ。入学してから1年くらいは自他もグループも存在しない環境に居たが、大学二年くらいから人間関係も学習に対する意欲だとか、趣味のようなコミュニティを用いた色分けがなされていく。自分と同じように願う行き先もビジョンもない人間と仲良くなるのも、ごく自然なことだった。二度浪人しても何も見つからなかったというもの、バンドで食おうと試みてもいまいち花開かないもの、麻雀に明け暮れてまともな生活を捨てたもの。社会に出る前から必ず失敗するような道に躙り寄っている同朋を見ていると、自分だけは幾らかマシだと思っていた。しかし就活の時期になると全員目の色を変えながら社会へと溶けて行った。必要単位を取りきることが出来ても、自由闊達に生きることが出来ていても、結局どの集団にも受け入れては貰えなかった。何処で働こうにも不採用通知を貰うか、"ここじゃない " と自ら判断して身を引くか。そうこうしているうちに、絵に書いたようなフリーターになった。何をするにも自身の成功から来るプライドが邪魔をして、クビに近いような形でバイトを辞めた。働き始めた時期くらいから客を見下している節があったので、こうなるのも正解とは言わないまでも、間違っていないと思う。蜘蛛の糸くらいの細さしかないような社会との接続。それすらも絶ってしまった今、どう生きていこうか、とよく考える。

つくね串を噛んでいると、練り込まれていたものの一部が口の中にゴロゴロと残った。そういえばセール期間に便乗して、この串もリニューアルされたらしいという話をやっと思い出した。グラグラする頭に響く弾力は決して悪い感じではないのだけれど、別にそんなものはなくても良い。それから幾度となく噛み砕いても、歯の間に纏わる軟骨が気になる。それが少しばかり不愉快だった。

案の定処理に困った竹串は近所の家庭菜園の地上に突き刺して帰ってきた。ポストの中がパンパンになっている。今回のようなことを危惧していたから、自動振り込みを辞め、毎月払込票を投函してもらっていたはものの、仕事を辞めるとポストすら覗かなくなるということが分かった。こんな有様だといつかの思惑が仇になるような気もする。案の定、ポストの奥から圧搾された払込票やチラシが大量に出てきた。不精な私にとって、不要チラシを投函する廃棄カゴが設置されていることがどんなに有難いことか。それこそ学生の頃は不要チラシの処理にはかなり苦労させられたから、ポスト下のピンク色のカゴには長い間世話になっている。いつも通り、不要なチラシやビラをせっせとカゴに詰める。初めこそ手早くそれらを処理していたものの、同じような手順を踏み、電気料金の払込用紙を捨ててしまったことで電気を停められたことがある同級生の話をふと思い出して、今度は1枚1枚ゆっくり丁寧に検めてからカゴに詰め直す。やがて最後の数枚ほどに差し掛かった時、ピザ屋の販促チラシに挟まるようにして1枚の招待状が出てきた。差出人の名前はよく知っている。そういえば昨夜の飲み会でも、何となく彼女の話が出たのだ。
「結婚するらしい」と聞いても、あまり驚きはなかった。浮気をしていないのだとしたら、かなり短い期間の付き合いを経たゴールインだ、慎重な彼女にしては珍しい、くらいのことは考えた。寧ろ狭いコミュニティで生きてきたはずの友人の口から出てくる情報網の多さの方が気になったくらいだ。時間が経つとこうも人は変わるのかと思ったが、先のことなど気にせずに呑気に生きていた日のことを思うと、変わっているのはお互い様だった。

大学の卒業間際に付き合い始めてすぐに、4年住まい続けて汚しまくった部屋が彼女の手によって綺麗になった。なかなか開かなかったカーテンの裏地にびっしりと青カビが生えていることに仰天して一緒にカーテンを買いに行った日のことをよく覚えている。玄関、トイレ、洗面所、キッチン、リビング、収納。彼女が来る度に見違えるほどピカピカになっていった。出不精ゆえに休日は連日布団の中という生活も、近所のスーパーでまとめ売りされている自社ブランドのカップラーメンを食事とする生活も、いつの間にか脱却させられていった。
高校時代に少しだけハマったジャズのレコードと安いプレーヤーは父から貰ったもので、それすらも汚い部屋の中で鳴りを潜めていたのだけれど、彼女の登場によって再び表の世界へと引き戻された。それをきっかけにジャズ喫茶にも行ったし、インディーズアーティストの地下箱に見に行ったりもした。モンクのラウンドミッドナイトの前奏を聴きながら、「いつか結婚しよう」と言ったりもした。

時間が経っても、友人特製の内輪ネタは尽きないようで、彼女の話だけでも30分くらい話を聞いた。付き合っている最中も、別れたその事実さえも、お互い周りに隠していたからこそ、こうして穏やかに話を聞くことが出来る。もし仮に全ての事実を周りが知っていたとして、こうした飲みの場で気を遣われるなんていうのは耐え難いから、何も知られていないことも含めて、改めてほっとする。
" 彼女が学生時代を過ごし、社会人を数年経験して子どもを授かり結婚した。 " 端的にまとめると話はこの通りだが、周りに隠れて付き合っていた事実は別として、私は彼女のことをあまり知らなかったらしい。寧ろコミュニティの周辺からネタを拾い歩いていた友人の方が自分より彼女のことをよく知っていて、それだけが妙に傷になると、2軒目に踏み入るような気持ちにもなれず、過剰に酔ったフリをして帰った。

唯一友人も知りえない、自分だけが知っている事実として、彼女は結構パンクロックを愛するような人だったということだ。静謐な人柄からは考えられないほど、内にパッションを抱えている、そんな人だった。
普段から殆ど私物を置いていかない彼女が1つだけ物を残していったのは、別れ話もまとまった日の朝のことだった。自宅から引っ張ってきたブックトートからCDプレーヤーと、ブルーハーツのCDを取り出して「いつでも元気になれるから」という言葉とともに置いて出て行った。「いつか返すから」という返事が、彼女に聞こえたかどうかは分からない。人と別れる時ってもっと" ありがとう " と言うとか、" ごめんね " と言うとか、そんなものだと思っていたけれど、あれから綺麗さっぱり別れてしまったところを見ると、そうでもないらしかった。

それ以降、彼女とは一度として会ってはいない。というより、もう二度と会えないものだと腹を括っていた。そんな彼女から結婚式の招待状が届いている。コルクボードのプリントが成されたハガキに、幸せそうな写真が貼り付けてあるのをしげしげと眺めて、幸せで良かったなぁと何となく思った。自分と付き合っている時だって間違いなく幸せだったはずだ、という変な予感を反芻しているうちにだいぶ酔いも覚めてきて、1文字ずつ難なく追えるくらいにはなっている。これが最後だと思うと視線は自然と字面に釘付けになって、少なくとも10回くらいは読み返した。読み返して、ピンク色のカゴのチラシの中に、それをそっと置いた。上から数枚ばかりの販促チラシを重ねながらハガキが隠れるような隠れないような置き方をして部屋に戻る。また新しい生活を始めなければならない。そのためには、玄関から片付けていくしかなさそうである。情熱の薔薇のサビを鼻歌で歌いながら、部屋に続く長い回廊を歩き始めた。彼女は今も、ブルーハーツを聴くんだろうか。まあ今更、そんなことはどうでもいいのだけれど。




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