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創作小説

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創作と書いておけば、何を書いても良いのではないかと思いまして
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#2000字のドラマ

余熱 / 創作

余熱 / 創作

西向きの窓、カーテンの隙間から月の光が入る、極めて中途半端な時間に布団に潜る。夏も終わりを告げた涼しい夜、開け放しの窓にピタリと閉まった網戸、風の揺れも手伝ってカーテンが踊る度、天井の青色がふらふらと流れる。午前3時、月が南中を越えて部屋に光を投げ掛けるのはいつもこの時間だった。早く起きて洗濯物を干しても、昼のうちは太陽を見ることが出来ないから、夕刻が近付いた頃にふらりと降りてくる太陽を、洗濯物を

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若い匂い、絶叫 / 創作

若い匂い、絶叫 / 創作

「でさぁ」と話し始める君が前傾姿勢になった時に、はらり揺れた黒髪の傍らに見えた絆創膏。白い首筋に少しだけ傾くように、V字に貼られている絆創膏の隅から赤い跡が見えた。
プールの授業にもなれば絆創膏は剥がれて、プールサイドの片隅でくるりと丸まっていた。露になったほんのりと赤い傷跡を見て女子の一部が愛のカタチだとか言いながらはやし立てている。
何時だか、ギターを弾く人ってなんか良いよね、と机の下でこそこ

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彼岸花 / 創作

彼岸花 / 創作

「彼岸花だ、」と呟いて走り出した小さな童男が、花が群がる林道脇へ駆けていく。
5本ばかり並んだ其れの中から、目敏く枝ぶりの良い彼岸花を摘もうとするのを見るなり、思わず止めそうになって左脚を力強く踏み込む。
何処からともなく出てきた母親らしい女性が、童男が伸ばした手を優しく包んで、砕石が敷かれた道の奥へと消えて行った。

幼い頃、あの童男と同じ手つきで、脇道に咲いた彼岸花を摘もうとしたことがある。墓

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都界 / 創作

都界 / 創作

布団から出てみれば天頂超えて午後六時、夏の終わり頃から出しっぱなしだった扇風機が妙に鼻について、フルスイングで蹴り飛ばした。思いの外飛んで行った其れは窓際でバラバラになって、あろうことかプロペラでさえも粉々になってしまった。私の日常に似て、脆いものである。

カーテンを開ければ拡がっている景色は変容の無いビル街、一年を通してずっっと上を向いていて、空気も汚い。対照的に、道行く人々は思い詰めた様子で

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できたてのバランス / 創作

できたてのバランス / 創作

厚焼き玉子を焼く。キッチンペーパーに含ませた油を器用にフライパンに塗って、卵液を少しずつ広げて焼く。私一人で食べるならそれが焦げてしまっても、見た目が悪くても構わない。でも人と食べるとなるとそれは別で、形が崩れないように、焦げ付かないように、少しずつ焼く。
切り分けていくと大抵端の方は小さくなって、盛り付けてもあんまり可愛くない。
両端をふた切れ、ひょいと摘んで二人で食べる。昨日の厚焼きは " や

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