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  • 川本徹『フロンティアをこえて』を読む

    川本徹の著書『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を一章ずつ精読する。

  • 桜井画門『THE POOL』精読

    桜井画門の漫画作品『THE POOL』を精読する。

記事一覧

第3章 崖の上のアリス──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む③

 第3章を開くとまず目に飛び込んでくるのは、一九九〇年代に製作された夥しい西部劇映画のタイトルの数々である。川本はハリウッドの九〇年代を西部劇のリヴァイヴァルが…

イワシ
3か月前
1

「サスペンス=宙吊り」のまま──桜井画門『亜人』における特権的瞬間、偶然性、賭けについて

 『亜人』の作者桜井画門は皆川亮二の『ARMS』へ寄せたエッセイで「漫画映像」という独自の用語を用いている。「漫画映像」とは「映画的な映像を漫画表現におとしこんでい…

イワシ
5か月前
27

桜井画門『THE POOL』精読②

※ページ表記は「good!アフタヌーン 2024年4号」に従い、( )内にKindleの位置No.を追記した。 37ページ(位置No.38) 1コマ目 小屋の中で向き合う警備部シエラチームのメ…

イワシ
5か月前
4

第2章 囚われの女たち──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む②

 第Ⅰ部第Ⅰ章では製作年の新しい西部劇が扱われたが、第2章では現代劇に残存する西部劇的な伝統について論じられる。この章で扱われるのは、ヴィム・ヴェンダース『パリ…

イワシ
5か月前
6

桜井画門『THE POOL』精読①

※ページ表記は「good!アフタヌーン 2024年3号」に従い、( )内にKindleの位置No.を追記した。 表紙 赤い髪のベリーショートの女性がアサルトライフルを構えている姿を正…

イワシ
6か月前
4

序章 モニュメント・バレーのパネルの彼方/第1章 歯磨きと水浴──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』…

 川本徹の新著『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』は、ドナルド・J・トランプ前大統領が大統領選挙で当選をはたす約10ヶ月前、二〇一六年一月のあるエ…

イワシ
6か月前
7

2023年映画ベストテン+α

殿堂入り.ブラックハット:ディレクターズ・カット(マイケル・マン) 2016年2月20日にブルックリン音楽アカデミー(Brooklyn Academy of Music)で開催されたマイケル・マ…

イワシ
7か月前
20

『グリーン・ナイト』拾遺

 書き残したものを書き繋ぎ、書き損ねたものを書き足す。これは、拙論「Bring Me the Head of Sir Gawain──デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』論」から溢れ落ち…

イワシ
8か月前
8

かれらは一人では生きられない

 デヴィッド・ロウリー『ピーター・パン&ウェンディ』を観ているあいだ(サム・ペキンパーのビリー・ザ・キッド映画を倣ってタイトルを『ジェームズ・フック&ピーター・パ…

イワシ
1年前
5

「第4回 歌舞伎町のフランクフルト学派 かぶー1グランプリ2022」感想

 『スピッツ論 「分裂」するポップミュージック』の著者で批評家/ライターの伏見瞬さんと同じく批評家で「椎名林檎における母性の問題」(「すばる」2021年2月号)ですば…

イワシ
1年前
8

2022年映画ベストテン

1.『クライ・マッチョ』(クリント・イーストウッド ) イーストウッドが監督しててイーストウッドが主演をしているというだけで迷うことなく一位にした。おもしろいとかつ…

イワシ
1年前
10

Bring Me the Head of Sir Gawain──デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』論

 みすず書房から出版されたジュリア・クリステヴァ『斬首の光景』は『VISIONS CAPITALES(ヴィジョンズ・キャピタルズ)』という原題を持つ。visionsは「見ること」「光景」…

イワシ
1年前
12

『斬首の光景』の三つの映画

 ジュリア・クリステヴァ『斬首の光景』は主に絵画やデッサンを対象にした斬首、首、顔にまつわるイメージを論じた美術・哲学論だが、そのなかで映画への言及はわずか数行…

イワシ
1年前
8

棺桶的空間──トニー・スコット試論

 トニー・スコットの名前を、俄かにだがふたたび目にするようになった。それは彼がヴィンセント・トーマス橋からその身を投げて一〇年という月日が経過したこととは些かも…

イワシ
2年前
33

映画本スペース メモ

 8/12の21:00に映画本についてのスペース(録音あります)をしました。さいわい、いまのところ好評のようで文字起こしをしてほしいとの恐縮極まりないご感想も頂戴しました…

イワシ
2年前
7

蓮實重彦が「大いに気に入ってしまった」『ダンケルク』(二〇一七)論

 「群像 2018年 1月号」に掲載された蓮實重彦の随筆「パンダと憲法」は蓮實の映画批評家としての仕事にある程度親しんでいる者にとってそれなりの驚きをもって受け止めら…

イワシ
2年前
24
第3章 崖の上のアリス──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む③

第3章 崖の上のアリス──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む③

 第3章を開くとまず目に飛び込んでくるのは、一九九〇年代に製作された夥しい西部劇映画のタイトルの数々である。川本はハリウッドの九〇年代を西部劇のリヴァイヴァルが起きた時代と呼んでおり、これらのリヴァイヴァル西部劇のなかには現在においても評価の高いクリント・イーストウッド『許されざる者』(一九九二)やアカデミー賞を受賞したケヴィン・コスナー『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(一九九〇)、また日本での知名度

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「サスペンス=宙吊り」のまま──桜井画門『亜人』における特権的瞬間、偶然性、賭けについて

「サスペンス=宙吊り」のまま──桜井画門『亜人』における特権的瞬間、偶然性、賭けについて

 『亜人』の作者桜井画門は皆川亮二の『ARMS』へ寄せたエッセイで「漫画映像」という独自の用語を用いている。「漫画映像」とは「映画的な映像を漫画表現におとしこんでいる」(※2)ことを意味し、同エッセイで桜井は「一コマ中でも複数方向に動く人物、その部位、そしてカメラ、またそれぞれの速度の微妙な違い」/「静止画の中で映画的映像を発動させる事」(※3)とその具体的な特徴を挙げる。
 皆川の作品に大きな影

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桜井画門『THE POOL』精読②

桜井画門『THE POOL』精読②

※ページ表記は「good!アフタヌーン 2024年4号」に従い、( )内にKindleの位置No.を追記した。

37ページ(位置No.38)
1コマ目 小屋の中で向き合う警備部シエラチームのメンバーと生存者たち。責任者らしき男性が事情を説明する。小屋内部は狭く、物が乱雑に置かれている。シエラチームと生存者はそれぞれ入口付近、入口奥の壁に立っており、責任者とチーフが一歩前に出ている。二人の間の床に

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第2章 囚われの女たち──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む②

第2章 囚われの女たち──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む②

 第Ⅰ部第Ⅰ章では製作年の新しい西部劇が扱われたが、第2章では現代劇に残存する西部劇的な伝統について論じられる。この章で扱われるのは、ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』(一九八四)とケリー・ライカート『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(二〇一六)の二作である。後者はマイリー・メロイの短編小説に基づく三部構成のオムニバス映画だが、論じられるのは第一部のみとなる(原作となる短編は「分厚い本(

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桜井画門『THE POOL』精読①

桜井画門『THE POOL』精読①

※ページ表記は「good!アフタヌーン 2024年3号」に従い、( )内にKindleの位置No.を追記した。

表紙
赤い髪のベリーショートの女性がアサルトライフルを構えている姿を正面から描いている。右肩に所属を証明しているのかロゴの書かれたワッペンが貼り付けられている。ちなみにこの表紙イラストの構図は桜井画門がX(旧Twitter)に2015年10月31日に投稿されたイラストと酷似している。桜

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序章 モニュメント・バレーのパネルの彼方/第1章 歯磨きと水浴──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む①

序章 モニュメント・バレーのパネルの彼方/第1章 歯磨きと水浴──川本徹『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』を読む①

 川本徹の新著『フロンティアをこえて──ニュー・ウェスタン映画論』は、ドナルド・J・トランプ前大統領が大統領選挙で当選をはたす約10ヶ月前、二〇一六年一月のあるエピソードを紹介するところからはじまる。舞台はアイオワ州インターセット、ジョン・ウェイン生誕博物館、ウェインの娘アイラに歓迎されたトランプは上機嫌で会見に臨む。しかし、川本が注意を払うのはトランプの会見それ自体ではない。その視線は元大統領(

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2023年映画ベストテン+α

2023年映画ベストテン+α

殿堂入り.ブラックハット:ディレクターズ・カット(マイケル・マン)

2016年2月20日にブルックリン音楽アカデミー(Brooklyn Academy of Music)で開催されたマイケル・マンの回顧展にて上映されたバージョン。2023年11月28日にアロー・ビデオから発売された4K Ultra HD Blu-rayおよびBlu-rayの特典ディスクに収録されている。劇場公開版と大きく異な

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『グリーン・ナイト』拾遺

『グリーン・ナイト』拾遺

 書き残したものを書き繋ぎ、書き損ねたものを書き足す。これは、拙論「Bring Me the Head of Sir Gawain──デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』論」から溢れ落ちたものを記述し直し、語り直そうという試みである。

 一年前に語り損ねたもの、「首を切断した者と首を持つ者の不一致という主題」は「首を拾うこと」と「首をつなぐこと」としてあらためて分析される。ひとまず、昨年そう

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かれらは一人では生きられない

かれらは一人では生きられない

 デヴィッド・ロウリー『ピーター・パン&ウェンディ』を観ているあいだ(サム・ペキンパーのビリー・ザ・キッド映画を倣ってタイトルを『ジェームズ・フック&ピーター・パン』すれば良いのにと思っていた)、「かれらは一人では生きられない」ということばが頭に浮かんだ。
 これは野崎六助の『北米探偵小説論』にあるシオドア・スタージョンについて論じた「コズミック・ブルースを唄え」にさりげなく書きつけられた一節なの

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「第4回 歌舞伎町のフランクフルト学派 かぶー1グランプリ2022」感想

 『スピッツ論 「分裂」するポップミュージック』の著者で批評家/ライターの伏見瞬さんと同じく批評家で「椎名林檎における母性の問題」(「すばる」2021年2月号)ですばるクリティーク賞を受賞しデビューした西村紗知さんが主催するイベント「歌舞伎町のフランクフルト学派」第4回にて、2022年に発表され、かつ単行本化されていない批評文を対象にしベスト1を決める「かぶー1 グランプリ」が開催され、拙論「Br

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2022年映画ベストテン

2022年映画ベストテン

1.『クライ・マッチョ』(クリント・イーストウッド )

イーストウッドが監督しててイーストウッドが主演をしているというだけで迷うことなく一位にした。おもしろいとかつまらないとかいう尺度ではないのだ。イーストウッドかそうでないかというのが問題なのだ。食卓の場面は手話で喋る幼い末妹の要望をイーストウッドが誰よりも早く水差しを取って叶えるのだが、この事後的に動いているにもかかわらず誰よりも早く挙動を終

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Bring Me the Head of Sir Gawain──デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』論

Bring Me the Head of Sir Gawain──デヴィッド・ロウリー『グリーン・ナイト』論

 みすず書房から出版されたジュリア・クリステヴァ『斬首の光景』は『VISIONS CAPITALES(ヴィジョンズ・キャピタルズ)』という原題を持つ。visionsは「見ること」「光景」「幻視」を意味し、capitalesは「重要な」「主要な」のほかに「頭部の」「首にかかわる」「命にかかわる」という意味を持つ。またそれぞれの単語に複数形sがついていることからも原題は多義的、重層的な意味を内包してい

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『斬首の光景』の三つの映画

『斬首の光景』の三つの映画

 ジュリア・クリステヴァ『斬首の光景』は主に絵画やデッサンを対象にした斬首、首、顔にまつわるイメージを論じた美術・哲学論だが、そのなかで映画への言及はわずか数行にに留まり、三作品のタイトルが挙げられるだけだ。その三作はジュールス・ダッシン『幽霊は臆病者』、アルノー・デプレシャン『魂を救え!』、フィリップ・アゴスティーニ、ブリュックベルジュ神父『カルメル会修道女たちの会話』であり、いずれにも身体から

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棺桶的空間──トニー・スコット試論

棺桶的空間──トニー・スコット試論

 トニー・スコットの名前を、俄かにだがふたたび目にするようになった。それは彼がヴィンセント・トーマス橋からその身を投げて一〇年という月日が経過したこととは些かも(あるいは些かは)関係なく、ひとえに彼の出世作である『トップガン』の続編『トップガン マーヴェリック』が公開されたからという端的な事実に由来している。映画の最後を飾るのは黒地のショットに浮かぶ白い文字でそれは「IN MEMORY OF TO

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映画本スペース メモ

映画本スペース メモ

 8/12の21:00に映画本についてのスペース(録音あります)をしました。さいわい、いまのところ好評のようで文字起こしをしてほしいとの恐縮極まりないご感想も頂戴しました。ただ文字起こしは大変なのでこのスペースの際に使ったメモを公開します。基本的にメモの通りに読んだんですが、実際に話してみると異なるところもあると思います。殴り書きや文章が途切れてる部分も多いので読みづらいかもしれません。

 あと

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蓮實重彦が「大いに気に入ってしまった」『ダンケルク』(二〇一七)論

蓮實重彦が「大いに気に入ってしまった」『ダンケルク』(二〇一七)論

 「群像 2018年 1月号」に掲載された蓮實重彦の随筆「パンダと憲法」は蓮實の映画批評家としての仕事にある程度親しんでいる者にとってそれなりの驚きをもって受け止められた。なぜなら、そこにはこんなことが書かれていたからだ。

「クリストファー・ノーランの新作『ダンケルク』(2017)が大いに気に入ってしまった(……)」

 この文章にそれなりの驚きが見受けられたということは、当然ながら蓮實はいまま

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