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ともに歩みゆくもの

ともに歩みゆくもの

 クロエは不思議な猫だった。祖母にだけ懐き、触れることを許した美しい毛並みを持つ猫だった。
 祖母と接する彼女は、まるで対等な関係を築いているようだった。
 祖母がクロエに話しかけると、クロエの耳はぴくりと動き、ひげがそよぐ。その仕草は、まるで祖母の話がわかるかのようで。祖母の「お願いね」の言葉に応えるように、「にゃぁ」と鳴いて膝から降りてどこかへいく。クロエが戻ると、祖母は必ず笑顔になった。
 

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想いの数は編み目の分

想いの数は編み目の分

 とっさに廊下の向こうに隠れた自分を褒めてやりたいと思った。
「手編みのマフラー? 重いよなぁ」
 ……う。
 笑いまじりの言葉に、耳と胸が痛い。切なく悲しい思い出が蘇り、泣きたくなる。
 自分のことではないはずなのに、自分が責められているような気がして。俯いたまま動けなかった。
 同僚が口にしたのは、学生時代、大好きな人を思って頑張って作ったマフラーを見て、先輩が言った言葉と同じもの。
『プレゼ

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空色の髪

空色の髪

 『あなたの思う空の色は?』
 そんな謳い文句と共にドラッグストアの棚に陳列されていたボトルを購入して帰った。ボトルを確認すると、「あなたの思うそらいろに染まるシャンプー」とのこと。
 早速使い、鏡をのぞくと、髪がとんでもない色に染まっていた。ただ、その色は帰り際に見た空の色だった。頭頂部は橙、毛先に向かうにつれ、徐々に紺色に染まっている。
 改めて確認したパッケージには、「用法・用量は正しく」の

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慕う心のその意味を

慕う心のその意味を

 昔から、苑上苺香には女の敵が多かった。理由はわからない。というか、ただ気に入らないというのが理由といえば理由だった。
 直接言われた悪口、もとい苦情を個別に挙げるとすれば、家がお金持ちだから、学問の成績が良いから、運動ができるから、可愛いから、人にモテるから。えとせとらえとせとら。
 なんだ、その理由。馬鹿らしい。
 苺香は絡まれて文句を言われるたびに、心底から吐き捨てていた。他人と比べて自分が

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愛され彼女の気持ちの行方

愛され彼女の気持ちの行方

 目の前に立った彼女は、燃えるような目でこちらを見つめていた。怒りに染まった表情は、けれどどこか、泣きそうにも見えて。
 なんで?
 純粋な疑問が脳裏に浮かぶ。
 貴女、私の事なんて、ただの先輩だとしか思っていなかったでしょう?
 そう尋ねたかったが、燃えるような目でこちらをにらみつける彼女は、す、とこちらに向けて手を上げた。
「片倉先輩、『持って』ますよね?」
 指を指す先は、紙袋。何を気にして

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いたずらを灯す夜

いたずらを灯す夜

 ふわり。
 手のひらに乗るほどの光が、宙を飛んでいく。夜闇を照らしながら飛ぶ光は、角を曲がる幾人かを飛び出しては驚かすということを繰り返した後、不意にある場所を目指して飛んでいった。
 ある屋敷のバルコニーにたどり着いた光は、伸ばされた手に迷いなく戻る。
「お帰り~」
 語尾を伸ばす話し方で、光に声がかけられる。光はちかちかと瞬いた後、消えた。
「こら。魔法をいたずらに使うんじゃありません」
 

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指先に笑顔を灯して

指先に笑顔を灯して

 視界の端に映ったものに、颯斗は気づけば足を止めていた。
「お」
 思わず声も漏れる。大型ショッピングモール、というにはやや小さめの、けれどそれなりに有名ブランド店がいくつもテナントとして入っている複合施設の一角。仕事帰りに食料の買い出しで立ち寄った店内で、まさかの出会いだった。
 化粧品やら美容グッズやらが、楽しさを刺激したり綺麗を目指すことを応援したりといった目的で、大きく掲げられながら並べら

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二人仲良くハレの日に

二人仲良くハレの日に

 大通りに出ると、道にはたくさんの花が咲いていた。
「おお、壮観」
 思わず「絶景かな、絶景かな」なんて、目の上に手のひらを当てて遠くを眺める仕草をしてしまう。見ているのは景色ではないのだが。
「何、ドラマのご隠居様みたいなこと言ってんの」
「こんなの見たら思うでしょ、ほら」
「わぁ、ほんとだ」
 後ろから声をかけてきた花帆に指で示すと、顔を輝かせて肯定が返ってきた。そういえば、今日は成人の日だっ

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窓の向こう、光の花束を

窓の向こう、光の花束を

 天使がいた。窓の向こう、閉じたガラス越しに眺めるしかできなかったけれど、彼女は確かに天使だと思った。
 彼女はいつも机の上のからくりに向かっていた。真剣な眼差しとからくりを扱う繊細な指の動き。対して唇に浮かぶ優しい笑み。
 天使はいつも横顔しか見せてくれない。だからどうにかして、こちらを向いてくれないかと考えて。彼女が窓を開けてくれないかと願っていた。でも、考えているばかりではなんともならない。

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電話越しの謹賀新年

電話越しの謹賀新年

『明けましておめでとうございます』
 恋人の新年最初の声と言葉は、電話越しだった。電話というものは、肉声そのものを届けてくれているというわけではないらしい。いくつかある声のサンプルから、受話器に吹き込まれた声と一番近いものが選ばれて、届くのだと。
 日付が変わるとともにかけた電話に、コール音をほぼ聞くこともなかったことは、相手も待っていてくれたという意味だとわかって嬉しくなる。
 だから声の違い、

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いつかに届く終わりに

いつかに届く終わりに

「うーん」
 テーブルに頬杖をついて、里恵はうなり声とともにため息をついた。握っていたペンで書類の端にぐるぐると線を書く。意味はない。なんとなく動かしているだけに過ぎない動き。
「里恵?」
 早希がのぞき込んでくる。あ、と顔を上げて里恵は笑顔を作った。
「久しぶり-」
「そんなに言われるほどかなぁ。一ヶ月くらいじゃない?」
 コートを脱ぎながら早希が言うのに、「学生時代に比べれば一ヶ月なんて久しぶ

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カクテルパーティー効果と呼び方と

カクテルパーティー効果と呼び方と

 最近、自分への呼称がおかしい、と気づいた。朝霧詩織里、朝霧神社の見習い巫女。今年で十五歳になったばかり。
「ねぇ、飛鳥ちゃん」
「どうしたの、詩織ちゃん」
 柔らかい声で応えたのは、いつも一緒にいる高梨飛鳥だ。いつもにこにこと優しく微笑んで、聞き上手な彼女に話を聞いてもらうことが多い。
「気のせいかもしれないんだけど……」
「ふんふん」
 聞き上手なうえに放送委員会の委員長も務める彼女の声は、高

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音楽創作~誓いと秘密とを、二人で

音楽創作~誓いと秘密とを、二人で

~音楽創作とは~
⭐この創作は、『音楽から連想する物語』をつづっています。一曲にひとつのお話……とは限らず、思うがままに、感じるままに、つくられたお話を楽しんでいただけたら幸いです⭐

 喜里川啓司の朝は、比較的早い。といっても、本人感覚の問題なので以前より早くなった、と言うほうが正しい。
 以前より早く、というのはいくらでも眠れたし、何時まででも寝ていたいと思っていた過去との比較だ。週明けの目覚

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三度目のクリスマス

三度目のクリスマス

 また、だめだろうか。
 窓から夜景を見つめて、早希はため息をついた。きらきらとしたイルミネーションがまばゆく輝いていて、目に楽しい。けれど、鬱々とした気分になるのは、これがクリスマスだからだ。
 早希と、恋人の颯斗にとって聖なる夜は「鬼門」だ。なにせ、恋人同士が一番盛り上がる大規模イベントであるにもかかわらず、二人がそのクリスマスをまともに楽しく過ごせたことなどないのだ。
 一年目は早希の会社で

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