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短編

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金魚草

金魚草

*注意
着物の着方についてのお話ですが、着付けの専門家ではありません。そういった解釈、意図を持ってのお話でないことをご承知おきください。

「あんなはしたない着こなし、ようできたことだこと」
 毒を含んだ声と言葉に、立ちすくんだ。聞えよがしの悪態は、きっと届いてしまったことだろう。
 声の主はすぐ隣に立っていて、怒気をはらんで不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。思わず袖を引くと、なに、と強い声が自分に向

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支子

支子

*注意
このお話には精神疾患、残酷事件の描写があります。

 姉の様子がおかしくなったのは、春を少し過ぎたくらいだった。
 よく笑う、明るく優しい姉がふさぎがちになり、言葉少なになった。いつしか部屋に閉じ籠るようになった。心配して声をかければ怒鳴られてしまうことさえしばしばあった。
 部屋に籠ったままになれば当然食事の回数、量が少なくなり、姉はみるみるうちに痩せ細っていく。家族は皆心配し、戸惑い、

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継がれる果実

継がれる果実

 白いかんばせに、赤い唇、星を散りばめたように艶やかに長い黒髪。
 とにかく美しい女。
 彼女は、そう評されるに相応しい隣人だった。

 小さな村に、女が一人住んでいた。
 一人暮らしであるというのに、ゆったりと過ごす彼女は世俗からかけ離れた存在に思えた。事実、生活感がなかった。
 いつ見てもしゃんと伸びた背筋にまとう和装は季節ごとの花をあしらったもので、乱れたところなどひとつも見あたらない。
 

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偶像崇拝

偶像崇拝

 夢か、幻か。
 狂おしいほどに魅了するのは、優しい弧を描く唇、伏せたまつげ、胸の前で組まれた祈りの形。すべてが完璧な位置で整えられた、美しいもの。神々しいと口にすることすらおこがましいと感じながら、その美しさに酔いしれる。
 ただ佇む姿のなんと神々しいことか。出会えた幸せに、死んでもいいとさえ思えた。
 震える指先が、真白の肌に伸ばされる。
 触れたら穢れる。けれど触れずにはいられない。ぎりぎり

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皐月

皐月

 品行方正、謹言実直、堅物、真面目が取り柄。
 そんな評判が当たり前で、それが私の名札ですらあったような気がする。名前を聞けば「ああ、あの」の後に続く言葉があげたうちのどれかであるのは間違いなく、そしてその評価は正しいのだ。
 成績がいいのは当たり前。学級委員に選ばれるのは当たり前。なぜならば、こつこつ授業を受けてノートをとって課題をこなし、予習復習は日課でテスト前は学んだことを確認するだけにして

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麝香撫子

麝香撫子

 私の瞳の色は、他の人と違う。みんなは焦げ茶色。私はみんなと違う色をしていた。
 変な色、とばかにされた。みんなと違うから遊ばない、と仲間はずれにされた。そんな幼少時代、私は自分の目が嫌いになったし、憎らしくも思った。この瞳を鋭利ななにかで突いてしまえば、こんな苦しみや悲しみもなくなるのだろうかと思うこともあった。
 けれど、この瞳は二十歳を越えた今も私の眼窩に収まっているし、視界は良好、ぱっちり

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透明な希望

透明な希望

 アンタ、アタシが見えるの!?
 城の倉庫で見つけたものに、おネエ口調で騒がれた。己を運べと言わて運んだ場所は、謁見の間。常ならば足を踏み入れる機会などないはずなのに、なぜか阻まれることなく気づけば赤絨毯にて御前にて叩頭せよと声がかかる。
 見えているのか。
 手に持ったそれに対する問いに是と答えると、今度は腰掛けてみろと言われた。言われた通りにすれば、感嘆の声と拍手に包まれ、祝福された。
 アン

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片栗

片栗

 空があんまり青いから。
 だから、私は。
 
 憂鬱だ、と顔に書いてある。
 鏡をのぞきこんだ私は、向かいに映る自分を睨み付ける。
 なんでそんなに不機嫌なの? 己に問うが答えは返らない。
 私が口を開かないからだ。眉間によったしわ、への字にまがった唇。そしてどんよりと濁った目。
 何がそんなに気に入らないの?
 わからない。
 ますます寄った、眉間のしわに右の人差し指をあてて。ぐりぐりと引き伸

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【大神発売記念日SS】花舞う空の下で君思ふ

【大神発売記念日SS】花舞う空の下で君思ふ

if妄想大神SSです。作中の設定その他を本編を参考に作成しておりますが、解釈違いなどがあるかもしれません。
加えて、ネタバレ要素があります。
そのあたりをおおらかに許すことが可能でなければ、できれば回避していただく方向で。

大神発売18周年、おめでとうございます!!
大好きの気持ちを込めたお話しではありますので、読んでくださった方が楽しいと少しでも思えたらいいなと、祈っております。

 ぽかぽか

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胸の中の星、ひとつ

胸の中の星、ひとつ

 その人は、凜と前を向いていた。
 だから、横顔しか知らなかったのだ。細いつるが印象的な眼鏡の奥、理知的な瞳は知性と探究心に溢れ、これからの魔法界を第一線で牽引していく存在なのだろうなと感じられた。
 憧れのひと。それでしまいの関係のはずだった。
 なぜならば、遠い存在の彼女は落ちこぼれの自分などとは比べものにならない実力で、強く美しく、魔法を扱う人だったから。
 凜と前を向いて、生きていくひと。

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(塔創作)故郷への帰還ー決意

(塔創作)故郷への帰還ー決意

(前置き)
このお話は、2015年4月30日まで運営されていたSNG『紅炎のソレンティア』にて活動していた自PCのお話です。
 誕生日が2月29日のため、その記念を思い出してはぽつぽつと作ったお話です。
 続くかもしれないし、続かないかもしれません。機会があれば当時の思い出話や別で上げていたお話も、noteにあがることがあるかもしれません。 

 雪深い、山の奥。
 吹雪く風はすべてのものを拒むよ

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音楽創作~空からのエール

音楽創作~空からのエール

~音楽創作とは~
⭐この創作は、『音楽から連想する物語』をつづっています。一曲にひとつのお話……とは限らず、思うがままに、感じるままに、つくられたお話を楽しんでいただけたら幸いです⭐

 あなたにこの言葉が届くでしょうか。
 あなたにわたしの幸せは届くでしょうか。
 言葉も、多弁で器用な手足も持たないわたしは、あなたに気持ちを伝えようにも、ただひたすらこの声をあげるしかなくて。
 それでもあなたは

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柳薄荷

柳薄荷

 私は今日、殺される。
 物騒な話だが、目の前の事実は私にそう思わせてしまうほど、衝撃的なものだった。

 任務、未達成。

 それすなわち、死。
 真っ赤な舌と、真っ白な尖った歯。大きく開いた口からのぞく赤と白が、ぐんぐんと近づいてくる。
 とっさに手をかざしてみても、家を越すほどの巨体に対して、人間の腕二本で防げるはずもない。
 呪文を唱えようと開いた唇は、はくはくと動き息を吐くだけで全く意味

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四大陸物語~西~

四大陸物語
『お茶会』

 うららかな気候の中。ガラガラと音をたてて馬車は走っていた。
 御者は危うげなく手綱を操り、馬を走らせる。
 有能な御者が操る馬車の中には、修道服を着た女が一人、物憂げな表情で窓の外を見つめていた。
 否、物憂げな表情は彼女のいつも通りの様子で、半分近く伏せられたまつげがその印象を強めている。
 窓の外を流れる風景に目をやるともなしに眺めながら、修道服を着た女は小さくため

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