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Aldebaran・Daughter

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ファンタジー小説『Aldebaran・daughter(アルデバラン・ドーター』
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#ファンタジー

Aldebaran・Daughter【11】泡沫の調べは甘く捩れる

Aldebaran・Daughter【11】泡沫の調べは甘く捩れる

 翌朝、オリキスは移住する予定の家を訪れた。バルーガも連れて。
 二人はしゃがみ込み、敷地内に生えた雑草を素手で抜きながら作戦会議を行う。

「オレとあんたの二人で片付けちまうか?あのまま無し首族を放置しておくのは気色が悪い」

 バルーガは手早さ重視で、力任せに草を引っこ抜くか、地面より上の位置で無遠慮に千切るかのどちらか。適当だ。
 オリキスは無駄に体力を使いたくないのもあって、急がず、のんび

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Aldebaran・Daughter【10】暗闇の箱を開くとき

Aldebaran・Daughter【10】暗闇の箱を開くとき

 仔牛を無事に捕まえることができた三人は一頭ずつ引き連れて、森林から外れた平野にある牧場へ送り届けた。

「オットリーさぁああん!」

 エリカは右手を上げ、手を振りながら大声で牧場主の名前を呼ぶ。
 すると、細い丸太で作った柵の向こう側から筋肉隆々の男が現れ、地面をどっしどっし踏んで此方へ寄って来た。

「おぉ、モー子たち見つかったか!いやぁ、たぁすかった、助かった!」

 柵越しだが目の前に立

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Aldebaran・Daughter【9】寄り道

Aldebaran・Daughter【9】寄り道

 二人は島の南西にある、カコドリ遺跡を目指すことにした。
 地図を広げると、現在地からそれなりの距離があるように見えるが、島の面積は小さい。夕方に着くことはないのだと、バルーガは説明した。

(ふむ……)

 島民だったバルーガに道案内を任せ、二歩分離れて後ろを歩くオリキス。会話に付き合いながら、借家の近辺には何があるのか知っておきたくて視線を配る。

 魚が元気に泳ぐ池。
 大木の根本に生えた茸

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Aldebaran・Daughter【8】よすがの騎士は暁を望む

Aldebaran・Daughter【8】よすがの騎士は暁を望む

 小麦を練って米粒の形にしたリソーニと、畑の野菜五種類で作った生温いスープが本日の朝食。赤い香辛料の粉を振りかけても美味しい。

 お腹が程よく満たされたあと、オリキスは観光する前に移住者用の家を下見したくて、バルーガの父親に紹介人の家は何処にあるか尋ねた。
 父親はテーブルの上に地図を広げ、本棚の引き出しから筆を取り出すと、赤のインク液で丸印を描く。

「彼はイ国の役所から派遣された人だ。挨拶し

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Aldebaran・Daughter【7】古き地に残るその痕は

Aldebaran・Daughter【7】古き地に残るその痕は

 その日は世話になるお礼に、旅の話とシュノーブの話をしてバルーガ家の歓談に付き合い、夜は道中の疲れを癒やすために早く休んだ。



 瞼を開くと、薄暗い天井がボヤけ気味に映る。
 朝が近い。
 正確な報せ。
 オリキスの体内時計は、場所を変えても狂わない。

 右手の人差し指の側面で目を拭い、見えやすくしてから体を動かし、床の上に立つ。
 バルーガは大きな口を開け、ベッドから落ちそうな寝相で熟睡

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Aldebaran・Daughter【6】閉ざされた囲いの内側で

Aldebaran・Daughter【6】閉ざされた囲いの内側で

 外に出ると、脚が二本の黄色い郵便ポストの前でミヤが居た。手には三つの封筒。中身を確認している。
 アーディンの助手らしいが、落ち着き具合いは女房の立場にも似た佇まいがある。

 何も知らない彼女はオリキスを見て人当たりの良い笑みを浮かべ、手を止めた。

「話は済んだ?」

 オリキスは己の胸板に右手を当て、ゆったりした動きでお辞儀するように一つ頷く。

「はい。突然お邪魔して、すみませんでした。

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Aldebaran・Daughter【5】必然が招くは奇跡の終止符

Aldebaran・Daughter【5】必然が招くは奇跡の終止符

 キララの森を通って札が三つ並んだ分岐に戻り、真ん中の道を選んで島の中央へ向かう。足下は不安定な、でこぼこの砂利道。丈夫な靴底だから良いものの、踏んだら足の裏に堪えそうな小石がたまに落ちている。

 道幅は人が往来しやすい広さを確保すべく、生えている草を刈り取った跡が窺えた。
 道から外れた場所には、無造作に生い茂った草木。本土でポピュラーな部類に入る薬草と染料に使える花が、十分過ぎるほど植わって

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Aldebaran・Daughter【4】そして、彼女は置き去りにされた

Aldebaran・Daughter【4】そして、彼女は置き去りにされた

「お茶、淹れますね」

「有難う」

 部屋のドアが閉まり、ようやく一人になれた。
 オリキスは布を棒状に丸めて編んだ敷き物の上に座り、一文字も読み落としがないよう、解読を再開する。

 各国の内情。
 遺跡調査。
 風習。
 地形。
 解読がラクな文章はジャーナリストらしい記録と、明るい冒険家の平凡な日記。資料室に行けば手に入る、三流以下の情報だ。
 そう、表向きは。

(あなた方は騙せたつもり

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Aldebaran・Daughter【3】翼竜の足跡を求めて

Aldebaran・Daughter【3】翼竜の足跡を求めて

 オリキスは二人の言葉に引っ掛かりを覚えて、耳を澄ます。

 ー-”事件”?

 過去の恐怖体験を掘り起こされたバルーガは上半身をぶるぶる震わせ、自分の身を防御するみたいに腕組みをした。
 エリカの関心はオリキスに移る。

「あなたはバルーンのお友だち?」

 話題が逸れてハッとしたバルーガは腕組みをやめて手のひらを上に翻し、先ほどから黙って突っ立っているオリキスを指した。

「シュノーブの王家に

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【Aldebaran・Daughter番外編】Human StainとScholar①

【Aldebaran・Daughter番外編】Human StainとScholar①

 十五歳に見られがちの幼い風貌の青年は新薬の調合に使う花を採取すべく、街の側にある深い森へと足を踏み入れた。濃くなる夕陽の色。感じる妖しい複数の視線。「夜間は堕落した妖精《カーラープェリー》が人を騙して生気を吸おうとやって来るから、遊び半分で森へ行っちゃ危険だよ」と教えてくれた術師の祖母が生きていたらこの状況を何と言ったか、十八歳のネウは面白おかしく思って余裕のある笑みを浮かべた。

 ーーお

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Aldebaran・Daughter【2】キララの森に住まう娘

Aldebaran・Daughter【2】キララの森に住まう娘

 細かく砕けた珊瑚の死骸が混ざっている、白い砂浜が見えてきた。

 舟の動きは緩やかなものへと変わり、竜が大きな口を開けたような四角い無人の入り江に到着する。
オリキスは、この島の象徴である水鳥たちへ目を遣った。
 此処に居るだけでも、二十匹はくだらない。
 外の世界はそれなりに見てきたが、これほどの数を視界に収めたのは、今日が初めてだ。

 灰色の尾羽を除き、皮膚を覆う羽は微かにくすみがかった白

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Aldebaran・Daughter【1】死の海域にて

Aldebaran・Daughter【1】死の海域にて

 創世八百五十二年、春季のふたみ月。
 地図の右下に記されているイ国《いこく》の海に浮かぶ一艘の小舟は、離島バーカーウェンを目指していた。
 乗客は三人。
 こんがり日焼けしたガチムチの肉体でオールを楽々と動かす案内役の中年男に、これから向かう南国では珍しい、肌が白い二人の青年。

「バルーガは、バーカーウェンの歴史を覚えているかい?」

 目的地に背を向けて舟の端に座っている容姿端麗の青年は、と

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