Aldebaran・Daughter【8】よすがの騎士は暁を望む
小麦を練って米粒の形にしたリソーニと、畑の野菜五種類で作った生温いスープが本日の朝食。赤い香辛料の粉を振りかけても美味しい。
お腹が程よく満たされたあと、オリキスは観光する前に移住者用の家を下見したくて、バルーガの父親に紹介人の家は何処にあるか尋ねた。
父親はテーブルの上に地図を広げ、本棚の引き出しから筆を取り出すと、赤のインク液で丸印を描く。
「彼はイ国の役所から派遣された人だ。挨拶しておくといい」
「左遷じゃねぇの?」
「運動音痴だが、役人としては中の下に位置する優秀さだ。問題ない」
「いや、心配しろよ」
二人は見送りを受け、集落の隅っこに建っている、瓦が青い平屋を訪ねた。
バルーガは玄関前に吊るされた紐を引っ張る。屋内で呼び鈴が鳴る仕組みだ。
「はいはい、どちら様?」
ドアを横に引いて現れた中年の男は、人当たりが良さそうなと思わせるおっとりした顔で、目尻が垂れている。背はオリキスより頭一つ分、高い。
「村長の息子バルーガです。シュノーブから帰省しました」
「同じくシュノーブから来た、一年間お世話になる予定のオリキスと言います」
紹介人はオリキスを見て、にっこり笑う。
「話は聞いてるよ。君たち、昨日は商い通りに行ってたんだろ?どこに住んでるんだって、女性たちが私の所へ押しかけてね。いやぁ、参った参った。オリキスくんってば、すっかり島民の注目の的だよ」
バルーガは難しい顔をしながら思い出す。此処へ来る途中、女たちの関心を集め、嫉妬に駆られる男たちの視線も十分過ぎるくらい浴びたことを。
しかし、肝心のオリキスは、自分にはまったく関係ありませんよと言わんばかりに反応しなかった。
(隣を歩いてるこっちが萎縮したぜ)
紹介人はドアに凭れかかり、長旅と挑戦に感心しつつ、からかい気味に尋ねる。
「シュノーブかぁ~~、二人とも遠い所からよく来たねぇ。この島、暑いでしょ?耐えれる?」
「気温差キツイっすけど、一年あれば慣れるでしょ」
バルーガは(耐火アクセサリーを貸してくれないせいで、オレは今日一日ハァハァ言わなきゃならねぇのか)と、不満に満ちた目でオリキスを睨む。当人は素知らぬ顔だ。
「移住者向けの借家があると聞きしました。僕もお借りできますか?」
今朝の一件に焚き付けられ、一日も早く一人になって呪いの解き方を知るための調査に集中したい焦りが強くなった。それに、姿を確認できていない人物の干渉を受けて妨害に遭い続けることになれば、不満が募っていくのは目に見えている。
「おやおや。村長のお宅で世話になっているほうが安全だろうに」
女性たちが押しかけ女房になる図を想像した紹介人は、口元に手を当ててふふっと笑う。
「今日、時間はあるの?」
「はい」
「案内するよ」
二人は紹介人に連れられて、西の方角へ移動する。
案内された家は平屋。柵に囲まれた畑と庭が付いてくる。
周辺に民家は建っていない。落ち着いて暮らすには最適な場所だ。
「悪いけど、掃除は入居者がすることになってる。規則でね。ごめんよ」
オリキスは視覚を頼りに、家の広さを予想する。掃除には二、三日を要するだろう。
「ほかに住める家はありますか?」
「無い」
「では、此処でお願いします」
「まともに住む日が決まったら教えてね。生活用品は、商い通りのお店で貰って。報せを入れておくから、ちゃんと顔出しするんだよ?」
「はい」
紹介人は「じゃあ、頑張ってね」と言って、にこにこしながら帰った。
バルーガは肩を竦める。
「あんた一人じゃ、入居まで一週間かかりそうだ。暇潰しに手伝ってやるよ」
「恩に着る」
「へっ。礼は、このあと観光に付き合ってくれりゃいいんだ」
(続く)
2020.09.25.公開
2022.02.27……『小説家になろう』版の文章に修正
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