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Aldebaran・Daughter【3】翼竜の足跡を求めて

 オリキスは二人の言葉に引っ掛かりを覚えて、耳を澄ます。

 ー-”事件”?

 過去の恐怖体験を掘り起こされたバルーガは上半身をぶるぶる震わせ、自分の身を防御するみたいに腕組みをした。
 エリカの関心はオリキスに移る。

「あなたはバルーンのお友だち?」

 話題が逸れてハッとしたバルーガは腕組みをやめて手のひらを上に翻し、先ほどから黙って突っ立っているオリキスを指した。

「シュノーブの王家に仕えている、魔法騎士のオリキス。長期休暇を、このつまんねー島の観光に費やすんだとさ」

「初めまして、バルーンの幼馴染みをしているエリカです。どうぞ、よろしくお願いします」

 エリカは初対面の相手に人懐っこい笑顔を向けて右手を差し出し、歓迎の意を表す。

「よろしく」

 握手を求められたオリキスは純粋そうな彼女を見て、裏は無さそうだと判断。真顔で応えた。
 手のひらから温もりが離れたあと、エリカは拳を二つ作って意気込む。

「観光なら任せてくださいっ。私、バーカーウェンでジャーナリストをしてるんです。わからないことがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

 バルーガは「へっ」と小馬鹿にした笑いを浮かべて水を差す。

「ジャーナリストだぁ?隔離されてる島に必要あんのかよ」

「島を捨てたバルーンに言われる筋合いはないと思うけど?」

「へーへー、悪かったな。じゃ、オレは先に実家へ挨拶してくっから、オリキス頼むわ」

 機嫌を損ねたエリカに申し訳なさを感じることなくバルーガは聞き流し、この場を一旦去ろうとしたが、行きかけて足を止める。

「おっと。舟を操縦していたおっちゃんから、手紙を預かってるぜ」

「!待ってましたっ」

 エリカは喜びに富んだ感情を露わにして機嫌を直し、両手で封筒を受け取る。
 あらかじめ届くことをわかっていた様子に、バルーガもオリキスも目をぱちくりと瞬きさせた。

「兄貴分のヒースか?」

「ううん、お父さんとお母さん。一年に一度、必ず送ってくれるの」

「うちとは大違いだな。爪の垢を煎じて、オレの家族にも飲ませたいぜ」

 島を旅立つときに手紙を一通手渡しただけの家族の無神経さに、がっくり項垂れそうになる。

「有難う、バルーン」

 幸せを噛み締める様子にバルーガは良いことをしたと満足げに笑い、元来た道を辿って実家へ向かう。
 エリカは途中まで後ろ姿を見送った。そして、いま直ぐ封を開けるか否か、オリキスの顔と封筒を交互に見てそわそわする。

「僕のことはお構いなく」

「!!す、すみませんっ、お言葉に甘えます!」

 エリカは指で封筒の端を持ち、中身を傷付けないようにビリビリ破って便箋を取り出すと、美しい字が並んだ文面に急いで目を通す。

「君と親御さんは、一緒に暮らしていないのか?」

「はい。両親は島の外で旅をしながら仕事をしています」

「何の仕事を?」

「ジャーナリストです。父の名はギーヴル、母の名はテレース。あっ、ひょっとしてご存知ですか?」

 質問するも、期待外れに終わることを見越したエリカは「そんなわけないですよね」と付け足し、眉尻を下げて謝った。
 オリキスは彼女の目を見て三秒間黙り、口を開く。

「知っているよ」

「!両親に会ったことはっ?」

 距離を近づけたエリカの瞳は期待で輝く。

「身近な者が会ったと言っていた」

「いつ、何処で?」

「数年前だ」

「元気にしていましたか?」

「あぁ」

 初めて聞けた両親の安否。エリカは目尻に涙の粒を浮かべ、指の側面で拭う。

「島の外から来た人に尋ねても、知ってる人、誰も居なくて」

「…………君には特別に話すが、僕は最愛の弟と婚約者を助ける方法が記された資料を拝見すべく此処へ来た。親御さんから呪いに関する話を聞いているなら、余すことなく教えて欲しい」

 オリキスの目的と要求に、エリカは戸惑う。

「ごめんなさい。私は両親から、みんなが助かる情報を調べて広めるお仕事をしているとしか聞いてません」

「手紙には?」

「『変わりはないか?私たちは元気にしてる』、それだけです。毎年手紙を預かる船乗りの人に尋ねても、手紙を持って来る人は毎回違う人で、私が書いた手紙を渡すときは配達屋が決まって取りに来るって言うんです」

 エリカは封筒と便箋を差し出す。オリキスは受け取り、じっくり観察した。
 紙とインクは高官がやり取りで使う上質の物。
 便箋の下部には二本足の翼竜《ワイバーン》を二体並べた捺印。本人たちである証明だ。

「オリキスさん。役に立つかわかりませんが、資料ならお見せできます」

 エリカに誘われて家のなかへ入る。案内された部屋には付箋を挟んだ書物が三つの大きな棚に詰め詰めで並んでいて、床には星の球儀、壁には世界地図、標本などもある。
 ……ジャーナリストではなく、宝を求めて冒険へ繰り出す学者の香り。

「窓を開けて空気の入れ替えはしてますが、資料には触れず、そのままにしています」

「ほかに読んだことがある人間は?」

「私の親代わりをしている、新聞局長のアーディンさんが一度入ったきり。字を解読できないと言ってました」

 オリキスは細い傷跡がたくさん付いた--作業用に使っていたであろう--長方形の机の上に置いてある小さい本棚へ目を遣り、一冊の書物を取り出して開ける。

(古語)

 書物の中身は直筆で書かれていて、複数の古語をごちゃ混ぜにした文章が並んでいる。
 解読には古文書を扱う高位の学者の頭脳を借りなければいけないが、教養があるオリキスには不要だった。

(続く)

2018.10.18公開
2022.02.27……『小説家になろう』版の文章に修正

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