見出し画像

Aldebaran・Daughter【11】泡沫の調べは甘く捩れる

 翌朝、オリキスは移住する予定の家を訪れた。バルーガも連れて。
 二人はしゃがみ込み、敷地内に生えた雑草を素手で抜きながら作戦会議を行う。

「オレとあんたの二人で片付けちまうか?あのまま無し首族を放置しておくのは気色が悪い」

 バルーガは手早さ重視で、力任せに草を引っこ抜くか、地面より上の位置で無遠慮に千切るかのどちらか。適当だ。
 オリキスは無駄に体力を使いたくないのもあって、急がず、のんびりもしない早さで、なるべく根本を残さないように草を抜いている。

「エリカ殿も連れて行く」

「彼奴は一般人だ」

「姿を見た以上、関わらないと困る事態になってしまうのでは?」

イレーズか」

 魔物、魔族、妖精。彼らが人間では目視できない痕を付けるときの理由、それは

・相手を避けたい
・追跡したい
・命を狙い続けたい

 このうちのどれか。
 オリキスたち三人は無し首族に斬られたような感覚を受け、試練に挑む者として認定された。あのとき印された可能性は高い。

「バルーガ、此処は水鳥に縁のある島だろう?ブルーエルフは住んでいないのか?」

 魔法の徐印ノイレーズを使えば解除できる。祈祷師のあざなを持つブルーエルフに依頼さえすれば。

「んな、都合良く居たら幸運だぜ。来るまでの途中、本土でも滅多に見かけなかっただろうが」

「…………」

「居たって、おまえ、支払える金額持ってんのかよ」

 エルフは世界の法のなかで生きる。人間と懇意に付き合う者は少数派だ。加えて、商売をする者は守銭奴が多い。

「無視かよ」

(僕はエリカ殿が徐印されなくても、一向に構わないけどね)

 オリキスは、アルデバランの娘であるエリカのチカラを垣間見る機会が得られる、片鱗だけでも知れるなら好都合だと思っている。危険に晒されて覚醒するのも良いだろうと。

 バルーガはイライラし、手の動きを止めて立ち上がる。

「なんで悠長にしてるんだよ。健全な民が巻き込まれたんだぞ?」

「不測の事態があっても冷静に。それが騎士だろう?」 

 オリキスに軽く諌められたバルーガはムスッとしつつも頭を冷やし、再びしゃがみ込んで草むしりする。

「正論、言いやがって……。エリカには明日話そう」




  *
    *



 完璧とはいかないが、翌日の夕方には屋内の掃除も終わった。バルーガの実家で世話になるのは今夜が最後だ。

 帰りは集落へ寄り道。紹介人の家を訪れ、約束に従い、いつでも入居できる状態になったと話すためだ。

「おめでとう。じゃあこれ、お祝いね。お店でそれを見せたら生活用品が貰えるよ」

 オリキスは紹介状を受け取る。
 何を貰えるか紙面をその場で確認したところ、一度に全部運び込むのはできそうにない量だった。
「明日にしよう」と、オリキスが口を開く。
 そこへ

「二人とも、こんにちは」

 仕事帰りのエリカに運良く遭遇。
 二人は顔を見合わす。三人で話す口実欲しさもあって、大きな道具以外の生活用品を、今日中に運び込む手伝いをして貰うことに決めた。







「すまなかったね、疲れてるのに」

「気にしないでください。これくらい平気です」

 六人は入れる部屋の中央に三人が集まる。
 オリキスはエリカに尋ねた。

「バーカーウェンに、ブルーエルフは居るかい?」

「居るんですか?」

 きょとんとされ「その反応から察するに、やっぱ無理か」と、バルーガは眉を顰める。

「では、次の質問だ。エリカ殿、戦いの経験は?」

 エリカは無し首族を思い出して嫌そうな顔をする。

「あれと戦うんですか?」

「怖い?」

「改めて考えたら、見た目が気持ち悪いから怖いんだって、今朝思いました。そう、気持ち悪いだけです」

(面白い子だ。うちの弟と同じことを言ってる)

 オリキスは此処に居ない家族を思い出し、頑張って笑いを堪え、顔へ出さないようにする。

「なら、大丈夫だね。戦えなくても、共に試練を受けたほうが安全だと思う。約束を破るとうるさい種族だから」

 人間みたいな所があるとわかったエリカは、目を丸くする。

「律儀なんですね」

「無し首族はね。実戦では、僕とバルーガが攻撃を繰り出す。君は自衛と補助に集中してくれ」

「自衛って、どうするんですか?」

「特別に魔法を教えてあげよう。戦い方も」

 エリカは目を輝かせ、笑顔になる。

「〜〜楽しそうっ!わかりました。ご教示、お願いします」

「でも、一日中、時間を割くことはできない。掃除をしたり、仕事をしなきゃいけないからね。君も仕事があるだろう?」

「はい。じゃあ、いつ頃ならいいですか?」

「夕方はどうかな」

「了解です。用事があって行けないときは連絡します」

 エリカは敬礼した。明日から毎日が楽しみだ。

「バルーガに物理の攻防を教わるといい。彼は一級騎士だ。シュノーブでは高位だから頼りになるよ」

 おだてられたバルーガは偉そうな笑みを浮かべ、人差し指で鼻の頭を横に摩る。

「へへっ、オリキスに言われると悪い気がしねぇな」

「よろしくね」

「おう」

 バルーガは相手が素人だから、急に伸びても大したレベルにまで到達しないだろうと考えた。
 ところが。

 教えてみると、エリカの覚えの良さと上達の早さは感心するものがあった。
 物理攻撃の威力と防御力はそこそこだが、島で動き回っているからか運動神経は良く、柔軟性に富んでいて素早い。慣れてくると勝手に警戒を覚え、無闇に踏み込まず間合いを取ろうとしてくる。回避能力に長けている。
 とは言え、バルーガはあっさり負かされはしない。

「急所は何処か探ろうと動きながら視線を配るのは良案だが、次の一手がバレることもある。気を付けたほうがいいぞ」

「うん、わかった」

 バルーガは布で汗を拭きながら、地面の上に座って両脚を伸ばすエリカに視線を向ける。

(劣勢でも、頭の何処かで冷静に判断しようとしてる。凄いな。けど、オレがエリカを褒めるのは良くない。気を緩ませる)

 魔法のほうは、初級をラクに会得した。
 バルーガは此処でも驚かされたが、オリキスは、彼女がアルデバランの娘だから生まれつき才能があると見ている。何処まで開花するか楽しみで仕方がない。









 それから一週間が過ぎた。
 この日、エリカは昼過ぎにヒノエ新聞の事務局へ出勤し、木製の椅子に座って今日の分の報告書を作成している。アーディンは漁の仕事を手伝いに行ってて不在。静かだ。

 ミヤは離れた場所に立ち、茶色の紙袋を開け、瓶にお茶の葉を入れる。溢さないようにゆっくりと。

「エリカちゃん、オリキスくんの所に通ってるのね」

 二人しか居ないいまだから許される話題。

「アーディンさんには内緒にしててください」

 エリカは手を止め、茶目っ気のある笑みで返した。

「ふふ、内容によるわね。何をしてるの?」

「魔法を教わってます」

「魔法……」

「何かあったときに役立つでしょ?」

 ミヤは眉を顰めた。

「治癒魔法は兎も角、何かあったときだなんて物騒な話ね。そんなの、バーカーウェンに必要?」

 懸念を抱かれると思っていなかったエリカは内心あたふたしながら、笑顔で誤魔化す。

「いつか必要になる日が来るかもしれないよ?」

 ミヤは瓶の蓋を閉じ、背中を向けて憂鬱な顔を隠す。

「……そんな日、来なければいいのに」

 エリカには聞こえない呟きだった。

「?」

 ミヤは振り返って苦笑いを向ける。

「怪我をしないように、気を付けるのよ?」

「うんっ。ミヤさん有難う」

「……。私にとって、あなたは家族みたいなもの。心配するに決まってるじゃない」







 今日の訓練にバルーガは居ない。『疲れすぎて相手ができない、すまん』との連絡がアンズを通して届いた。近所に住んでいる若い男が昨夜ギックリ腰になってしまい、相談されたバルーガの親は「代わりに息子を行かせます!」と言って、大木を何本も伐採させたらしい。

「哀れですね」

「彼は典型的な善人だよ」

 急遽予定を変更し、オリキスが物理攻撃の訓練に付き合う。

「自由に攻めていいよ」

「はい」

 エリカはこのとき、判断を誤る。相手が違うことを忘れていた。
 木の棒に一撃をぶつけると、風や水のように流される。十のちからを加えても、二かそれ以下に変換されてしまう回避の仕方に歯が立たない。

「はあ、はあ」

 バルーガにはないしなやかな動きに翻弄され、思った通りに動けなかった。振り回されっ放しで終わり、体力を消耗したのもツラい。完全に負けた。
 オリキスは木の棒の平たい先端部分で、エリカの背中をとん、と小突く。

「敵に背を向ける時間が長いのは、いただけないな」

「すみません」


   ‥‥カサッ


 振り返りはしなかったが、後方の草むらで微かに何かが動く音が聞こえた。微風に紛れていたからか、エリカは気付いていない。

 訓練に付き合い始めた日を境に、毎日と言っていいくらい視線を感じる。相手は気配を殺してるつもりのようだが。

「今日はもう終わりにしよう」

「はい、お疲れ様でした」

「帰るのは、少し待ってくれるかい?」

「?」

 オリキスはエリカの真正面に立ち、両肩に手を乗せて顔を傾け、汗が香る左耳に唇を寄せる。

「いまから僕がすることを、黙って受け入れて欲しい」

「……。わかりました」

 オリキスは断りを入れてから、エリカを抱き締めた。二人分の熱が合わさり、空気が蒸れる。

「背中に手を回して」

 小声で頼まれたエリカは黙って従い、体を密着させ(筋肉あるんだ。着痩せする人なのね)と、呑気に思った。

 オリキスはそのままゆっくりエリカを押し倒し、仰向けにする。

 覆い被さり、少しずつ距離を詰めていく顔。
 二人は目を逸らさない。

(何が起きるのか、予想はできる)

 意味のある行為だろうと信じて、エリカは何も言わない。甘い雰囲気がなければ、オリキスの瞳の奥に潜む冷たさを感じ取っているせいもある。

 無心。

 唇が重なりかけた寸前、気配がなくなったことを察したオリキスは上半身を起こして後ろを一瞥。立ち上がって草むらに近付いた。

(これは……)

 小枝に引っかかって千切れた、一本の髪の毛を見る。

「……」

 地面の上に座り直したエリカへと振り返る。

「もういいよ。信じてくれて有難う」

「何かあったんですか?」

「うん、不審者かと思ってね。確認したかったんだ」

 戻ってきたオリキスは前に屈んで左手を差し出す。

「?」

 エリカに顔をじ、と見られてふふ、と小さく笑い、右手の人差し指で自分の唇を二回タッチした。

「したかったかい?」

「興味ないです」

「そ」

 言葉の通り反応がなくて、妙に笑えてくる。
 エリカは手を引っ張って貰い、立ち上がってにこやかに質問した。

「婚約してる人に怒られますよ?」

「身を護るためにしたことは気にされない。無事に済めば尚のこと、話す必要もないな」

「そういうものですか」

 呆れてもいなければ嫌悪もない。よくわからないと言いたさげな顔をするエリカにオリキスは面白く感じて、唇に軽く口付けてみた。

「んっ」

 反応がなさすぎる。
 人形同然だ。
 恋の経験がないのか?
 アルデバランの娘はそういった仕様なのか?

「どうだった?」

「果物の皮と同じで、なんともないです」

 真顔の返答にオリキスは驚いた。

 そう来るか。
 無心も此処まで来ると天晴れだ。

 オリキスはエリカの左肩を掴んで上半身を引き寄せ、どうしたものかと唇を重ねる。

「ッ」

 エリカは驚いた。それだけである。
 あまりの無反応にオリキスは首を傾げたくなった。
 愚直なまでに信用してるのか、行為や異性に興味がないのか?

 唇を重ねている時間が長くて息継ぎをする暇がないエリカは酸欠になると思い、頬を赤らめ、オリキスの両肩を押して体を離した。怒り気味の顔で。

「も、結構です」

「僕を嫌いになったかい?」

「いいえ」

 オリキスはまたもや驚かされ、口元に人差し指の側面を当てて笑いを堪える。

「君、最高だね」

「相手がバルーンだったら、される前に一発殴ってるとこです」

「ははは」

 堪え切れず笑った。
 一応、区別はしてるらしい。

「オリキスさん。身を護ることと関係ない行為は、しちゃいけません」

「気を付けるよ」

「はぐらかしちゃ駄目です」

 しない約束ではないことをすぐに察せられ、よく聞いてるじゃないかとオリキスは心のなかで評価し、不敵な笑みを向ける。

「関係あればいいんだね?」


(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?