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Aldebaran・Daughter【10】暗闇の箱を開くとき

 仔牛を無事に捕まえることができた三人は一頭ずつ引き連れて、森林から外れた平野にある牧場へ送り届けた。

「オットリーさぁああん!」

 エリカは右手を上げ、手を振りながら大声で牧場主の名前を呼ぶ。
 すると、細い丸太で作った柵の向こう側から筋肉隆々の男が現れ、地面をどっしどっし踏んで此方へ寄って来た。

「おぉ、モー子たち見つかったか!いやぁ、たぁすかった、助かった!」

 柵越しだが目の前に立たれると、壁を置かれたみたいに影ができる。

「そんでエリカっちと、誰でぇ、おめぇさんらは?」

 重そうな大きい体に、元気が有り余ってる感じの声量。バルーガの言う通り、名前の印象とは正反対の雰囲気だ。全然おっとりしていない。

「おっちゃん、オレだよオレ、村長の息子。顔、忘れたか?」

 バルーガは親指で自分の顔をくいくい差しながら、やや挑発気味に尋ねる。
 オットリーは空を見上げて三秒考えた。

「!!おぉ、居た居たっ。良い面構えになったじゃねーか!」

「へへっ、そうだろ?」

 褒められたバルーガは、えっへんと踏ん反り返る。

「おめぇさんは?島の人間て雰囲気じゃねぇな」

 わかったところで、関心はエリカとバルーガのあいだに立っている青年へ移った。

「僕は一年間滞在予定のオリキスと言います。どうぞ、よろしくお願いします」

「おう、仲良くしてくれ!」

 握手を交わし、挨拶が済んだところで、様子を窺っていたエリカは「それでね」と切り出す。

「二人が仔牛さんを探すの、手伝ってくれたんだよ」

 オットリーは自分の上半身を前後に揺らし、がっはっは!と笑った。

「元々、三人がかりでしてくれると思って出した依頼だ、構やしないよ。……ではっ!手伝ってくれた感謝と歓迎の意を表し、こいつを進ぜようぞ!」

 じゃじゃーんと差し出された報酬は、手のひらサイズの皮袋。一人につき、一袋進呈された。
 持つと、なかで液体がちゃぷんと揺れる音が聞こえる。

「新鮮な牛乳だ。事務局には二人分、納めておく!」

「有難うございます」







 オットリーが仔牛たちを連れて牛舎へ戻ったあと、

「あーあ、まっすぐ遺跡へ行く予定だったのにさ。ちぇっ」

 予定を崩されたバルーガはぼやき、皮袋の栓を開けて牛乳を飲む。

「うまい」

 オリキスは、前身をエリカに向ける。

「エリカ殿。ほかにも仕事があるなら僕たちは失礼するけど、無ければ一緒にどうだろう?」

 誘われたエリカは目を輝かせ、無垢な笑顔を浮かべて頷く。

「はいっ。お供します……!」

 バルーガは牛乳を半分飲み終え、栓をしながら「サボりめ」と貶したが、エリカは気にしない。
「案内も仕事のうちだよ」と、オリキスは推した。アルデバランの娘を遺跡に連れて行けば、呪いを解く手掛かりを得られるかもしれない。そんな思惑からだ。

「いや、どう考えても遊びだろ」

「えへへ」

「えへへじゃねーよ」

「二人とも観光が早めに終わって暇になったら、島でお仕事するんでしょ?バルーンとオリキスさんが島に居てくれると、助かる人、多いよ」

「上手いこと言いやがって」

 バルーガはやれやれと肩を竦めたが、故郷に不足してる何かに力添えできることは嬉しく思った。

「カコドリ遺跡とは、どんな場所だい?」

 再出発後すぐに出たオリキスの質問に、エリカは待ってましたと答える。

「水鳥の巫女がね、再び災厄が訪れたときに来なさいって用意した建造物らしいの」

 バルーガは疑問を抱いた。

「織人<おりびと>事件のときは、何も起きなかったのか?」

 世界を救いたくて旅に出た勇者一行は水鳥の巫女から授かったチカラを悪用する織人となり、各国を牛耳って悪行を働いた。彼らが成敗されるまでの話を含めて『織人事件』と呼ばれ、現在も語り継がれている。

 エリカは真面目な顔をして答えた。

「移住してきた人に聞かれるまで、バーカーウェンの人たちは誰も知らなかった。それこそ、外敵から守られていたのかなって思うくらい平穏だったよ」

「巫女の守護」
 と、オリキスは口にする。

「そう。航路ができて水霊や海竜が彷徨くようになったのも、あれくらいから」

 バルーガは推測する。

「水鳥の巫女は織人事件のときに姿を現したけど、いつの間にか居なくなって平和が戻った。バーカーウェンにとって、奴らは災厄に値しなかったってわけだ」







「此処だよ」

 到着早々、バルーガは表情を歪めて見上げた。

「記憶にない景色がある……」

 エリカに案内された場所は、森林に囲まれた遺跡の麓。位置そのものは動いていない。
 変わったことがあるとすれば、まずは麓のそばに植わっている大木。二つのブランコが枝に括り付けられ、島の子どもたちが遊具として使っている。お尻を乗せる板は、三歳児も安心して地面に足を下ろせる高さだ。
 まぁそれくらいは、どうということはない。

 唖然。

 小高い山の斜面は削られ、段々になっている。加えて、なかに入れる設計なのか、子どもたちが出入りして遊ぶ姿が見受けられた。隠れんぼをする子どもまで居る。

 軽いショックを受けて立ち尽くす幼馴染みの顔を横から見たエリカは気の毒に思いつつ、案内役として説明した。

「遊び道具は作れても、体を思いっきり動かして遊ぶ場所がないって意見があってね。お父さんが考案した設計図を元に、島の大人たちが協力し合って作ったの」

「…………なるほど……な」

(オレに信仰心はないが、祟られるんじゃね?)と、バルーガは思った。

「二人とも、こっちに来て」

 エリカに呼ばれ、ロープが垂れてる場所へ集まり、話し合う。
 遺跡の入口へ行くには、階段を除いた三つの段を登らなければいけない。三人のなかでは、オリキスの背が一番高い。しかし、段の高さはさらに頭四つ分もある。一人でよじ登るのは無理だ。
 肩車して二人を先に上げ、最後の一人は手で引き上げて貰うかロープを使って登るのはどうかとバルーガは提案したが、エリカが異性の首に跨るのは恥ずかしいから嫌だと反対したので、一段ずつクリアしていくことに決めた。

「私から行くね」

 順番は、島に住んでる年数の長いエリカ、島出身のバルーガ、初上陸したオリキス。壁に埋め込んである石と石のあいだに爪先を引っかけながら、地面まで垂れたロープを使って一人ずつ登る。

「じゃ、入るよ」

 ドアが付いていない出入り口から、ひんやり冷たい通路へと足を踏み入れる。五人が横に並んでも十分広い道幅だ。

「火摘<ひづみ>の花か。凝ってるね」

 オリキスは感心した。
 壁には、松明の代わりになる赤い花が挿し込まれている。陽の当たる場所ではただの花だが、暗い場所に行くと明るい光を放つ植物だ。


  カチッ


「?」

 バルーガは何か踏んだと思ったが気のせいだろうと、エリカに続いて角を曲がる。

「うわ!」

 壁からぬるっとした液体が出てきて顔にかかり、情けなく聞こえる悲鳴をあげた。
 先ほど踏んだのはトラップのスイッチだったらしい。砂糖と酸味のある柑橘果汁を混ぜたような甘い匂いがする。

「ぺぺっ!なんだこれっ?」

「失敗作だって」

「はあっ?」

「上の段に着いたとき、教えてあげる」

 追いかけっこしている子どもたちが笑いながら横を通り過ぎたあと、大人顔負けの元気な姿を見た三人は顔を見合わせて笑みを浮かべ、再び歩き始めた。

「……おい。また何か仕掛けてねーよな?」

「ふふ、疑り深くなったね。安心して。何もないよ」

 進んだ先には階段があった。三段上がって五歩進むと三段下る。終わり。だから、バルーガは疑った。

「こんな短い距離の物を置く必要はあったのか?」

「理由はあるよ。遊ぶのはいいけど、足下に気を付けることも大事なんだって」

 曲がって少し歩いた先には、泥の上に置かれた石を踏んで渡る子どもたちの後ろ姿が見えた。三人も同じように渡って外に出る。短時間とは言え、暗い場所に居たせいか、太陽の光を眩しく感じた。

 今度は、三分の一の長さしかないロープが垂れている。背の低い子どもは先に進めず、引き返した。

 三人は二段目に着いたが、一段目と違ってドアが付いている。
 横に引いて開くと、すぐに部屋があった。そこには大人が両腕で抱えれる大きさの、黄色い箱状の生き物が十体居る。とん、とん、と、緩やかな速度で跳ねながら、ぶつかり合うことなく移動している姿に、オリキスとバルーガは見覚えがあった。

「シュガースクエアじゃねぇか」

 レベル1の魔物だ。しかし、様子が変である。人を襲わない。

「さっき浴びた、ぬるぬるの正体はこれ。お父さんお手製の、人工生成なの」

「なんつー親父さんだよ」

「五体叩いて倒せば、隣の部屋に行けるよ」

 壁にかけられている道具は一種類、木の棒だけ。
 手分けして倒したら、閉じていたドアが開いた。

 次の部屋はスパイシーポンポンが居る。レベルは2。濃いオレンジと赤を混ぜた色で光沢があり、丸いが少し平べったい。ボールのように跳ねるが、動き自体はぽよよんと此方も緩やかだ。

「道具に剣はないのか」

 バルーガは苦い顔をする。スパイシーポンポンは叩くと辛い匂いを放つのだ。

「頑張ってね」

「卑怯者!」

 オリキスとエリカは壁際で待機ならぬ、避難をする。
 お人好しのバルーガは、片手で口と鼻を押さえながらあっさり倒していく。その姿を見て「わ!凄い!」と手を叩いて褒めるエリカの顔を、オリキスは横目で見た。

「…………」

 外に出て網を登り、木登りして次の段へ移る。此処で帰りたくなったら滑り台だ。一気に下まで行ける。
 だが、バルーガとオリキスは諦めない。階段を上って進んだ。

「やっと着いたぜ」

 遺跡の入口には誰も居ない。
 バルーガは以前からある石の扉を押した。

「ん?」

 ビクともしない。

「開かねぇ。昔は途中まで入れただろ?」

「数年前に開かなくなったの」

「つまんねぇな」

 オリキスは壁に書かれた文字を見て、口に出す。

「イエリア、チアフ、ルル、メシピザ、ク、エンクウ」

「オリキス、読めるのか?」

「あぁ。訳すと『雄大な鳥に死海のお伽噺を聞かせて沈む』」

「へえー」

「無し首族<ノーネック>の言語だ」

「なんで、そんな言葉が」

「!?」

 入口に黒いバリアが張られ、外の光はほとんど遮断されて辺りが薄暗くなる。

「な、なんだ?」

 三人の背後に一人が立つ。
 否、気配が正しい。
 それに気付いた三人は、揃って振り向く。
 瞬間、槍で体を真っ二つに切られた。

 と、思ったが、咄嗟に閉じた瞼を開くと、、、生きていた。体に傷跡はない。
 いま居る場所は遺跡に違いないが、場所は違う。
 一秒のあいだに何が起きたか三人は理解できず、突然襲われた恐怖にエリカはぺたんと腰を抜かした。

「さっきの、何?」

「無し首族だ」

 オリキスは手に冷や汗を掻きながら、冷静を装って返答した。

「オレも一瞬見えた。あんな奴、ベロドの墓場じゃなきゃいねぇぞ。親父さんの作った人工生成か?」

 死臭と共に、ひたりと、暗闇から足が出てくる。

「オデハ、特殊ダ」

「!!」

 エリカは背筋を凍らせた。

「体が……半分、無い……」

 正確にはお腹の部分から下を切られている胴体が逆さまになっていて、脇腹から両腕が生えており、両腕があるはずの部分から両脚が生えている姿だ。
 バルーガは畏怖を感じながらも、エリカの前に立って庇う。

「喰ワネ、ダイジョブダ」

 オリキスは警戒しながら一歩前に出る。

「此処はバーカーウェンだが?」

「ジッデル。読メルヤヅイレロ、約束」

「誰と?」

「翼竜<ワイバーン>」

「!」

 呪いを解くための手掛かりが見つかり、安心するオリキス。ほかの二人は何を言っているかわからず、狼狽えている。

「何の話だよ?」

「試練」

「すまないが、今日は準備ができていない」

「デハ、マタ」

 無し首族がそう言うと三人の視界は闇に包まれ、気付いたときには地上へ出ていた。
 キララの森だ。

「はあ、怖かったぜ」

「私も」

 バルーガは疲れ切った顔でオリキスを見る。

「おまえ、よく平気だな」

「言葉が通じたからね。けれど、武器を持たずに一般人を守りながら戦う勇気はなかったよ」

 エリカは二人に尋ねる。

「無し首族って何?」

 バルーガは答える。

「遥か北の島に、ベロドの墓場っつう場所がある。そこに住んでる死族で、生きた人間を襲って食うのさ。ま、あんな場所に行く予定がある奴なんて、腕に自信のある冒険家と素材屋しか居ないけどよ」

「エリカちゃーん!」

「やば!ミヤさんだっ。じゃあね、二人とも。進展あったら教えて。仲間はずれは嫌だよっ」

 エリカは声がしたほうへ慌てて走って行く。

「……よし、オレらも一旦帰ろうぜ。腹減った」


(続く)

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