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真夜中、ひとりとひとりが、書いている。

さっき、ふいに目にした小説の
数行の描写にはっとした。

田舎から越して来た女の子が、
じぶんのことをあまり好きになれ
なくて。

足元にあったかばんを立たせる
シーンがある。

自立しないカバンというやつだ。

わたしは今でも自立しないカバン
という言葉を聞いただけで、ちょっと
どきっとすることがある。

自立という、生活そのものの言葉を
ファッションの一部である鞄の立ち姿に
たとえるところが、なぜだか痛い。

自分でも心ともども自立している感じが
どこかしないのかもしれない。

そこに鞄がひとつあるだけでなにかを
物語ってる感じがするときがある。

まだ誰のものでもないデパート売り場に
あるさらっぴんの鞄は、違うけれど。

確実に誰かのものである鞄には、ずっと
見ていたいようなそんな魅力を感じる。

地下鉄に乗っていて向かい側に座る
見ず知らずの人の持っていた鞄は
革がいい感じでくたびれていて
無数の傷もしぜんな味となっている
ような持ち主の見えない時間を表現
しているすてきなものだった。

そういう鞄に出合い頭してしまうと
外から眺めているだけでは測り知れない
ものが、そこには詰められているような
気がして、たくさんのことを想像して
みたくなる。

震災があった時、それひとつだけもって
逃げればいい鞄を作っておこうと思って
やってみたけど。

わたしにとって大切なものや失いたくない
ものが多すぎて、そのボストンバッグには
入りきらかなった。

そして、あきらめてしまった。

あの時は祖母が亡くなったばかりだったので
祖母の遺影だけを鞄に入れた。

そのほかのものがわたしは選べなくて、
部屋の床に果てたように座り込んだ。

おばあちゃんがよくやっていた座り方を
わたしもその時していたと思う。

20歳になりかけの頃だったと思う。
ある陶芸家の人の個展に立ち寄った帰り
だった。

帆布の鞄を橋の上に置いたまま彼は自分の
個展会場に忘れものを取りに帰っている
ところだった。

その鞄の持ち主の人を私達はそこで待って
いた。

それは長い年月をかけて愛用していることを
物語る洗い晒された雰囲気のある鞄だった。

時折背伸びして、遠くを見渡すようにしたり
して、なかなか来ないねぇと彼の話をしながら
時間を過ごしていた、その時。

女の人は煙草を吸ってもいい? と私に聞いた。

わ、かっこええ。

数万年経ってもわたしは真似できないなって
思った。

その後で、肩から下げていた彼とおそろいの鞄を
とてもさりげなく、まだ主人の現れない帆布の
鞄の上にどさっと置いた。

どちらも同じ時間だけ使い古されていることが
ありありとわかるふたつの鞄は
互いにやわらかく折り重なってそこにあった。

たったそれだけのことなのに。

わたしはそれを見た時、ふたりにとって
かけがえのない時間みたいなものが、そこに
漂っている気がしてならなかった。

妙な言い方だけれど。

年月を蓄えて愛でられてきた誰かの物達は、
じぶんの知らない時間ばかりで構成されて
いるのだということもあたりまえだけど
同時に憶えた。

かばんが、その男のひとであり女のひとで
あるように見えた。

恋愛感情で好きだった人じゃなかったのに、
なんかフラれた気分がした。

あの鞄ふたつの年月には勝てないなって
思ったのだと思う。

わたしには、そういう付きあい方をした
鞄はまだないけれど。

この話を思い出すたびに、わたしは、
まだ輪郭はあやふやなことを夢想する。

愛着を持って鞄を愛した人たちが、
日々の営みを重ねてゆく。

そんな登場人物たちがなにかを織りなし
たり失敗したりする物語を書いてゆきたい
のかもしれないと、いまぼんやりと思う。

それはインターネットの中であったとしても
リアルを感じるようなもの。

でも、インターネットだからリアルじゃないと
いうことはおかしいのかもしれない。

みんなそれぞれのリアルを生きながら、ものを
描いたり書いたりしているわけだから。

肉体を持ったわたしたちが書く場所が紙で
あろうがインターネットの中であろうが
それはリアルなのだと思う。

わたしのリアルみたいなものを書いて
ゆけたらいいとそんなことをえらそうに
思っていた。

📚        📚       📚       📚


今日は野やぎさんのこの企画に参加してみました。
ほとんど問いかけに答えていないエッセイになって
しまってすみません。
でもとても気になっていました。
だから野やぎさんに問われてみたかったのだと思い
ます。

『真夜中インター』ってすてきな名前。
真夜中はわたしの大好物です。すごく希望を感じる
時間なんです。
みんな真夜中に創作している、ひとりとひとりって、
やっぱりなんかいい!


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