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クリスマスの夜空を、舞うことばたち。

今日はメリクリの日。

鏡の前で、はじめてコスプレっていうのを

やってみた。

ぼくの名前は三田さんなので。

赤と白だけの三田さんだ。

年がら年中ぼくは会社でも「みたさん」じゃ

なくって、

「さんたさん」って呼ばれてる。

いまとなっては僕がどっちの名前だったのか

一瞬忘れてしまうほどだ。

仁田さんはわらっているだろうか。

今夜サンタになる三田さんの僕をみて。

今日はコスプレする。

生まれてはじめての赤と白の服を着る。

赤と白っておめでたいけどさ、全然

僕自身はおめでたいこととは無縁だ。

進級試験には落ちてばかりだし。

上司はよりによって鬼の神成だし。

先輩にはしりぬぐいさせられるしさ。

でも、今日という日は約束を果たさなければ

いけない。

すきだった仁田さんが、三田くんって、

伝言ゲームが得意そうっていつか言って

くれたことがあった。

クリスマスに、誰かが誰かに大切な言葉を

届けるサンタさんみたいなイメージが

あるよって。

仁田さんは、まじめな顔でまっすぐな思いを

語る人だから、ぼくはいつもどっきりして

しまう。

仁田さんは、ね。って言った。

ね! って言われても。

ね? ってしか返せなかった。

もじもじしていたら、クリスマスはね

三田さんが誰かの大切なメッセンジャーに

なる日だから、いいね?って。

気づくと仕切られていた。

仕切られたまま仁田さんはいなくなった。

仕事もぼくより数倍出来ていたし、

みんなの人気者だったし、

ぼくのイケてない感じをイケてないまま

受け止めてくれるそんな眼差しの人だった。

好きだった。

つき合いたいとかじゃなくて。

友達になりたかった。

でも仁田さんは、もういない。

この世にいない。

だからぼくはどうしてもこの約束を

守らなければいけないと。

昨日の深夜、意気込んでいたら

眠れなくなってクリスマスイブの日を

迎えた。

今年の夏あたりかな、ほら手書きブームが

やってきて。

みんなスマホから手書き派にシフトしていった

頃が今年訪れたよね。

今年の流行語大賞も「tegaki」がノミネート

されてるしね。

あの頃まだ仁田さんは、生きていて。

ぼくのサンタ化企画を静かに推し進めて

くれていたのだ。

ちいさな会社のちょっとしたイベントを

企てていたらしい。

ぼくと仁田さんはお互いの私書箱を持っていた。

クリスマスの夜にその私書箱に行ってって

言われていた。

私書箱から紙をとりだした。

たくさんの紙がその箱には、入っていた。

その字はひとつは仁田さんのものだった。

会社のボードに担当の名前を書いてあるのを

見た時の字面とおなじだった。

ぼくは、サンタの姿のままその紙に

かかれた言葉を読んでいた。

仁田さんのきもちが書いてあった。

仁田さんには好きな人がいて、

それはもちろん僕じゃないだろうけど。

好きな人がいたとだけ書いてあった。

伝言メッセージこれじゃ伝えられないよって

思いながら読んでいた。

でもぼくはあろうことか、その手紙たちを

サンタの定番であるあの白い袋に

いれようとしたときに突風がふいてきて

その手紙は宙を舞った。

拾わなきゃっておもって手を伸ばしたけど

鳩のようにそれは飛んで行った。

太田さんは山本さんに、小さな字で書いた

「シャインマスカットひとりじめしてごめんね」

山本さんは太田さんに筆圧つよい字の

「プレゼンの時に、資料もっていくの忘れてごめん」

久作さんは夢野さんに糸のような字の

「子供がいないのに、育児休暇とろうとしてごめん」

夢野さんは久作さんにすごい美文字の

「おれと同じチームでよかったと思ってる?」

ぜんぶ、白い紙たちはイルミネーションが

輝く空の下を舞っていた。

どれもこれも命をたずさえた鳥のように

羽ばたいていた。

仁田さんの考えていた企画名は、

「そっと伝えたい想いはありますか?
サンタさん(三田君)に思いを託しませんか?

だった。

メッセージはたしかにふざけてる。

そしえ笑えるけれど。

僕はせっかく仁田さんの最初で最後の

企画を台無しにしてしまったなって

思ってしょんぼりしていた。

しょんぼりってこんな猫背になるのかよって

いうぐらいの姿勢で雪の降りはじめた街を

歩いていた。

あちこちで僕と同じ格好のサンタさんが

街で働いていた。

宙を見上げる。

あの手紙たちは、ほんとうに鳩になって

夜空を飛び交っていた。

飛行距離のやたらに長い紙ヒコーキの

ようだった。

そんなとき、吹雪いて視界が遮られた

瞬間、急に声がした。

三田君、メリクリ。

すごい大音量でびっくりした。

なんだろうって思ったら、仲のいい

同僚がそこにいた。

三田君、メリクリ。

同僚たちも、みんなサンタのコスプレだった。

吹雪いた雪のむこうに一瞬、仁田さんの姿が

見えたような気がした。

それはあの飛んでゆく白い紙にまぎれながら

仁田さんもみえなくなった。

どうしてみんないるの?

僕が聞いたら、だって仁田さんと約束したんだよ。

クリスマスの日には、みんなで三田君に

サンタのコスプレでメリクリを言ってあげてね、って。

三田君、すごい似合ってるよそれ。

みんなもね。

ぼくはふいにそう言っていた。

仁田さんはまだ空のどこかにいて

ぼくたちを見ているような気していた。

それは。

忘れられないクリスマス・イブが

おわる30分ほど前の出来事だった。

間に合わなかったけど、

ぼくは心の中でメリークリスマスを

つぶやいた。

あの白い鳩にたくすように。

あの紙飛行機 ことばを抱いたまま 飛んでゆく
とくべつじゃない 1年のうちの 1日のように 


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