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アボカドな夜、泣いてみなくちゃわからない。#忘れらない恋物語

 アボカドの真ん中あたりにぐるりとナイフを入れる。
ドアノブを握った時みたいにして、捩じる。

 ぽこっとひとつだったものが、ちゃんと半分になって
あらわれる。大きな種が埋まってる。このでっかすぎる
種が、ちゃんとそこにあるのをみて私はなぜだか安心す
る。

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 キッチンのドアが開く音がした。
 ゆっくりと丁寧に、ノブを廻している。甚さんの癖。

 梅雨のあいあに来てくださいねって言っていたのに、
梅雨明け宣言されてから1週間も過ぎてから屋根の修理を
しに、彼はすまなさそうにやってきた。

 私と甚さんは天井を見上げる。
 うっすらと雨が染みている跡。

 いつだったか、今日は雨脚が強いなと窓の外を見上げよう
としていたら、私のノースリーブの肩先に冷たさを感じた。
 ぴしゃっ。
 天井を仰ぐ。

 じわじわと何かが染みてきてそこから、こみあげてくる感
じで、雫が滴ろうとしていた。

 バスルームから私は咄嗟に甚さんの桶を持ってきて、雨が
落ちそうな床に置いた。

 甚さんのヒノキの木肌に雨水がゆるりと溜まってゆく。
 こんこんっ。
 甚さんの相槌みたいなリズム。

 屋根を打つ雨はZの混じったザ行で、なんだか甚さんの履
いている雪駄を引きずる音に似てるなって思う。
 思うと、ちぎれるぐらいに逢いたくなる。

 なのに、逢いたい時にいつだって彼はいない。
 この世にいないみたいにいない。
 
 甚さんは、屋根の修理にかけては抜群の腕を持っていると、
同じ仲間の職人さんから聞いたことがある。

 でも、彼は私の家の屋根をちゃんと直さないままゆるい仕
事をして帰ってゆく。
 そして、雨が降った日には、私の部屋の天井から雨が漏る。
 
 雨漏りがしていますと、甚さんの工務店に電話をかける。
 修理をしてくれた日には、一日だけ泊ってゆく。
 帰り際、屋根を見上げてちょっとだけはにかんだ笑いを見
せて、すりきれそうな雪駄を引きずりながら帰ってゆく。

 アボカドは彼の好物で。つられて私も好きになった。
ノブを掴んだ時みたいにひねればいいんだよって、キッチンで
背中越しに教えてくれた。

 ドアノブミタイニヒネル。 って独り言ちながら私はアボカ
ドを切る。

 ふと天井を見あげる。

 昨晩、久しぶりに土砂降りだったのに、不思議と雨が漏らな
かった。

 しっかり直してくれたの甚さん? もしかして、直した?

 もう一度、雨がふってみないとわからないって私は思う。
 せっぱつまって思う。

 違う、そうじゃなくて。
 泣いてみなくちゃわからないっ。

 ごろんっ。
 キッチンの流しにアボカドの種が雷の調べで転がってゆく。
 

空から降る 雨にしらべなんて なくていい
音のない 部屋にムネノコドウが 響くだけ 

いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊