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カイゼンnoteなショートショート

白地に赤の水玉模様。
水玉の大きさが、少しいびつで。
白地との相性が面白くて眺めていた。
みずたまは、はずかしい。なつかしくてはずかしい。
小学校の入学式で着ていた紺色にみずたまのわんぴーす。
なつかしいことが、はずかしいのではなくて。
なつかしいと思っているこの気持ちが、はずかしいのだと思いつつ。 

やっぱりしましまよりも、水玉だと思う。
あたしは、毛糸のセーターをめくってみる。
やっぱり、今日もちゃんと肌に水玉もようがあった。
DNAのらせんをずっと、さかのぼる気分。
 
あたしがマウスだったとき、あなたは、

ある日、猫田が言った。ちいさなドアを作りたいって。
横領というあやまちを犯した日から、猫田のからだが、
どんどんちいさくなっているように見えた。

だから、ふたりでちいさなドアを作った。
俺がすきだったカイゼンさんっていう、ゴッドマザー
教えてくれたらしい。

いちどだけ、俺はニューヨークで暮らしていたことがあってね。
そのとき、教わったんだ。

「出入りするちいさなドアをつくりなさい。そしたら出入りするたびに、屈むでしょ。それであなたのちいささを気づかせてくれるから。じぶんのサイズを知りなさいってこと。あたしもあなたもみんなもね」って。

猫田は、ドアをいまのじぶんの身体よりも、すこし小さく作った。
作ったドアから出入りするたびに、猫田の身体は日に日にちいさくなった。
わたしは、ただただ不安になっていた。 

猫田の部屋にあったグリム童話「猫とねずみのともぐらし」。
ぼろぼろになったページのあちこちにはうっすらと、涙の跡もあった。
バタークッキーのちいさなかけらもはさまっていたし、ときおりページの角
が、うっすらと透き通って見える。
たぶんこれは、オリーブオイルが染みこんだ跡だった。
童話のなかの猫のように、猫田はある日を境にいろいろなものに、名前をつけた。
 
空には、「夢の街」とつけたり。
風には「ずっと迷ってる」ってつけてみたり、1本の樹には「どこにもいけない」とか。
野良猫には「真昼の決闘」とかってネーミングしては、すぐに忘れた。
猫田はただの遊びだからそんなことどうでもいいんだと、
名付けたことも忘れようとした。
猫田のかわりにわたしがすぐに書き留めた。
わたしは猫田の足跡を、どこかに留めておきたい気持ちに駆られていた。

あれから猫田は、誰かの物を盗んだりしていない。
ただ、ここからどこかに出てゆきたそうな風情で、
わたしをじっと見ていることがあった。
ちがうなにかを追いかけたいのかもしれなかった。
それともひとりになりたかったのか。

猫ドアから猫田が出て行ったのは、春、6月17日だった。
季節外れの降り積もった雪の上に、猫の足跡がついていた。
一度こっちを振り返ってくれたのか、その足跡がちがう角度で
ぼろぼろの我が家の方向を指していた。

その足跡が重なりながら、ふたたび前をむいて歩いて行った跡が、
ちゃんとあった。猫田、行っちゃったんだと思った。
ちがうマウスを追いかけに行ったのかもしれないし。
死期を悟ったのかもしれない。

猫田がいなくなってからわたしも、そのちいさな猫ドアから
出入りするようにした。難しかったけれど、それは、
あたらしい世界の始まりのような気がした。

身の丈。そんな言葉が浮かんできて、猫ドアにあたしも猫田みたく、
「みのたけ」って名前をつけた。
たったひとつだけ、知った。
ドアを身を屈めてくぐると、わたしはあなたじゃないのだな、
ってことだけが、ありありと輪郭をもたげてくるのがわかる。

どんなにすきであって、惹かれていても、
わたしはあなたじゃないしあなたも誰かじゃなないことを
教えてくれるドアだった。
 
わたしは、セーターをめくってみる。
ハツカネズミだった証のみずたまが、今日もくっきりとしていた。
猫田とはまたいつかどこかで、ふいに逢えるような気がしていた。


 

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