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文というハンドルネーム、さわむら蛍というペンネームで書いていた作文をブラッシュアップしてまとめています。
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2021年7月の記事一覧

千鶴子さんと。

千鶴子さんと。

いつからか音信不通になってしまった千鶴子さんのこと。

作文を書く先輩で、ずいぶんお世話になった。とても、ユニークで興味深いかただった。

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年上の友人千鶴子さんに横浜桜木町であったおりのこと。

赤羽駅で人身事故があったとかで、電車のダイヤが乱れていた。また、違う線でも何件か同様のことがあったらしい。

昨日あんなに暖かくて、今日はこんなに寒くて雨模様だから、その気温や気圧の変化に対

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忘れること、思い出すこと。

忘れること、思い出すこと。

ふっと、ものをわすれてしまう。真っ白な記憶を持て余す。

ほら、歌舞伎座で、二人椀久、前に見たじゃない。頭巾のようなの被ってたじゃない。それは覚えている。しかし、踊っていたのが誰だか思い出せない。仁左衛門と玉三郎?

さあ、どうだったかしら……。顔のない役者が桜の木のそばで踊っている。

神田山陽の講談、ええ、聞きましたとも。演目は……なんだったかしら。あんなに笑ったのにね。

それはずいぶん前か

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いのち

いのち

これも小説に組み込んだ。

振り返ると、散歩はたくさんのものをプレゼントしてくれた。愉快だったり、驚きだったり、発見だったり。

それは今も見ているのかもしれないが、その時代の自分のアンテナの精度がよかったのかな、とか思う。

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散歩の途中で迷い込んだお寺で、とてつもないものを見た。

まさに、仰天した。そして、よくぞここまで生きてきたね、という思いがわいた。

それは一本の銀杏の木。

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散歩道

散歩道

これも小説に生かした。日常のなかのカメラアイ。そして文章化。無意識にそういう修業をしていた訳だ。

で、今は?とツッコミを入れて、あー、見つめていたいような対象に出会わない、と言い訳したり。

いや、意識の問題だね。やれやれ。

*****

夕刻、いつもの散歩道をおばあさんふたりが歩いていた。

見ていると、並んで歩いていたふたりがだんだん離れていってしまう。

ついつい先に行ってしまうおばあさ

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今日一日

今日一日

ひやひやと肝が冷えるような思いだとか

体中の血が引いてどこかにうせてしまうような感覚だとか

胸が詰まって空気が届いていかないような息苦しさだとか

自分の言葉、自分の態度のなにもかもに、不正解の印をつけられたような情けなさだとか

人生のどの瞬間も無駄だったと思うような徒労感だとか

どの窓を開けても未来が見えないような暗澹とした気持ちだとか

過ぎ去った時間に数限りなくあった曲がり角を、こと

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野良や野良

野良や野良

世の中にいるねこが全て、思わず撫でたり抱きかかえたりしたくなるような、かわいこちゃんやべっぴんさんだということはありえない。

そのねこの生きてきた過酷な時間を推し量れるような風貌のねこもいる。

わたしが町を歩き出会った帰る家を持たないねこさんたちは、決して器量がいいとはいえないけれど、実に存在感のあるおもだちをしていた。

そういうねこさんはまことに慎重に生きているので、なかなかうまい具合にフ

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領収書

領収書

これも小説に生きたエッセイだ。ネタを探していたわけではないが、巡り合わせのように、飛び込んでくるものがあって、それをなんとか、書き留めていた、そんな感じの日々があったわけで。

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本棚の整理をすると自分の記憶というものに絶望する。えっ、こんな本があったのかと何度も驚く。「名句 歌ごよみ 春 大岡信 」これもそんな一冊だ。

短歌音痴のわたくしがなんとか短歌に馴染んでいこうとして買ったの

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散歩

ひきこみ運河にでてくる老犬のスケッチ。

小説を書くために、地道な努力してたんやな、とおもう。

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いつもの散歩道の河岸に老人が座っていた。かたわらには老犬がいた。

日が傾き、引き込み運河に漣がたちはじめると気温が下がってきた。大きなマスクをした老人は立ち上がり、犬を抱えて歩き出した。

抱えたまま河岸へ繋がる階段を降り、平坦な道で犬を立たせた。そしてリードをはずし、犬の先を歩き始め

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乗客たち

乗客たち

ささやかなドラマを乗せて、電車は走る。

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山手線は少々込み合っていた。ドア付近に立っていたあたしの周りには幾人かのひとがつり革を持ったり、ドアにもたれたりしていた。

前触れなく、あたしの斜め前の女性がゆっくりと倒れかけた。その女性は顔立ちからしてインドのひとのように見えた。

その隣りにいた女性が気づいて手を差し伸べるが届かない。ああ、ああ、と周りの人間も気づきはじめるなか、インド

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コトリ

コトリ

コロナなど存在しない頃にも、空欄ばかりの予定表をみながら思っていた。

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あたしの気分に問題があるのだろうな。多くのことに積極的になれない自分の根っこには、あらゆる勝負に負けてしまったような気分を抱えてるかんじがあるわけで。

億劫という気持ちはどこからくるのだろう。

自分が自分を好きになれないとき、そういう気分になるのかな。あるいは世の中に対する安心感がなくなるからかな。

やっか

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他愛のないこと。

他愛のないこと。

ほぼにちの「谷川俊太郎質問箱」で見つけたこと。

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「他愛のないおしゃべり」のできないひとが聞く。

どうすればみんなみたく楽しいトークができますか?

このひとは24歳の女性で、人のこととかまじめな話しかできないらしい。

それに対して谷川さんは

「自分の言いたいことはおさえて、相手のいうことをバカにしないできいて、相手のひととなりに好奇心をもち、話題についていけなくとも、その場の

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うかれたっていいじゃないか!

うかれたっていいじゃないか!

あたしは他人志向の小心者の自意識過剰モンだから、どうにも褒め言葉に弱い。

またたびに酔う猫のように、うかれおばさんになる。単純にうれしいのだ。生きてる甲斐は褒め言葉なのかもしれんな、と思ったりする。

しかし、やっぱり、他人志向の小心者の自意識過剰モンだから、そんな自分が恥ずかしくもあって
、いやいやそんなによろこんではいかん!と自分をいさめたりする。

逆に言えば、けなし文句がいつまでも気にな

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パジャマパーティー 3

パジャマパーティー 3

軽井沢の夜は冷えてくる。カーディガンをはおり、ソックスをはく。昔の乙女は冷え性だ。それでもハートは熱い。ふっと恋の話の封印を解いてしまったりもする。聴き手は眠たい目をこすりながらちょっとどきどきする。

親しいおんなが集まってふわりとした気分になったなら、ふっともらしてしまう言葉もあるらしい。もらした言葉がたがいの距離を縮めることもあるらしい。

魅力的な女性ならば、申し出があったりする。思慮深い

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パジャマパーティー 2

パジャマパーティー 2

夕刻、その家に現れたのは友人が中学時代から付き合っているさちこさんだった。友人が入院している病院で一度ばったり会ったことがある。大きな声で笑う明るいひとだ。

さちこさんて誰に似てる?と聞かれたらジェシカ・ダンディーと答えるだろう。ドライビング・ミス・デイジーで好演したあのおばあさんだ。そう、なんだか威厳があって、賢そうなのだ。

似てると思うがさちこさんには告げない。きっと、やだー、わたし、もっ

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