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いのち

これも小説に組み込んだ。

振り返ると、散歩はたくさんのものをプレゼントしてくれた。愉快だったり、驚きだったり、発見だったり。

それは今も見ているのかもしれないが、その時代の自分のアンテナの精度がよかったのかな、とか思う。

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散歩の途中で迷い込んだお寺で、とてつもないものを見た。

まさに、仰天した。そして、よくぞここまで生きてきたね、という思いがわいた。

それは一本の銀杏の木。唖然とし、呆然とその巨木の前に突っ立った。ふっと我にかえってデジカメに手を伸ばした。

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なんとかしてその姿を収めようとしたが、寸法が合わない。巨木のまわりを何度もくるくる回りながら、シャッターを押した。

「でけえ!」と何度呟いたことか。

圧倒される。

この樹の向こうには墓地が続く。グレイや黒の墓石がずらりと並ぶ。

どの年もこの樹の下で人々はいのちを思ったにちがいない。通り過ぎる時間と通り過ぎるひとびとと残っていく思い。

気の遠くなるような時間、ここにこうして在るという現実。

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おそるおそるごつごつとした木肌に触れてみる。

こちらの皮膚の薄くなり始めた手にはその感触が痛い。まるで生きている岩のようだ

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ふっとデジカメをはずして、ひげのように木肌に垂れ下がっている瘤を見つめる。

「あなたはどれくらい生きてきたのですか?」

思わず敬語で質問してしまう。

気の遠くなるような時間、ここにこうして在るという現実。

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過去と現在と未来がこの幹のなかにある。

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今年もまた芽吹き、ゲーテが

もともと一枚の葉が/裂かれて二枚になったのでしょうか/
それとも 二枚の葉が相手を見つけて/一枚になったのでしょうか

とうたった葉を豊かに茂らせることだろう。

夏の日には涼しげな木陰を用意し、秋の日にはあたりを黄金に染めることだろう。

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その垂れ下がった無数の枝先に夕日が当たった。今日と言う日が暮れていき、明日へと繋がる。

気の遠くなるような時間、ここにこうして在るという現実に、そのいのちに、ただただコウベヲタレル。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️