村上

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最近の記事

リハビリテーション物語

リハビリも込みで書いていたら、物語のような何かが書き上がってしまったので、ここに置いておきます。続くのかもしれないし、ここで終わってるのかもしれないです。 俺はこの仕事場では、ベイと呼ばれている。米一。よねかずではなく、べいいち。だからベイ。筋力や体力を使う仕事では、こういう呼びやすく、そして現存する何かしらと結びついた呼ばれ方をする事が多い。俺は高校を卒業してから働き始めた。それにしてまともに見られるか知らないけれども、なんぞまともなこともない。体力は使える時に使えるだけ

    • 最悪反復横跳び

      こんにちわ、いつだってバタバタしなくてもいいことでバタバタしているのでブログを更新できていなかった。 最近は授業の課題で課題で詩を書いているのだが、とても苦戦している。自分としてはツイッターに自分と同類の大学生が書き連ねるような恋愛ポエムを寝れない日に見て元気を出していたので、そういう様々な具象にあふれた無をよろしく書いていきたい所存だったのだけど、書けば書くほど自分がいかに女性を憎んでいるか(かなりしょうもないことだけど大事なこと)が明確になってきてしまい、それを無視しよ

      • 不思議で怖いこと

         不思議なことがよく起こる。あの時相談に乗ってくれた時にああ言ってくれましたよね?と言われても、自分が何を言ったのか全く覚えていない、と言ったことがかなり多い。その時になるべくそのことを思い出そうとするのだが、抜け落ちたように何も思い出すことができない。  二重人格みたいな話では全くなく、その人と会話をしたこと自体は覚えているのだ。でも、その人に例えばどのようなニュアンスのことを言ったのかということすら思い出せないのだ。勇気づけたのか貶したのか差別したのか傷つけたのかわから

        • 流行ったドラマを見る

           ブブカの特集を見て杉作J太郎さんが『VIVANT』をおすすめしていた。ちょっと前の情報で林原めぐみ出演という報を聞き、後輩に「めぐさんどこで出てくるの」と聞いたら音声のみの出演と言っていたのでじゃあいいかと思って放っておいていたのだけど、流石に見てみるかと思い現在放送分を見てみた。  いろいろな都合を感じさせる画角や演出をなんとなく察しながら、出演陣のドラマならでは味濃いめの演技を楽しんだ。阿部寛が特に面白かったけど、なんと言っても役所広司の演技の見応えといったら他に類を

        リハビリテーション物語

          短文

          久々にnoteを更新しようと思ったので適当に今日あったことを書きます。 部室に久々に行った。一年の後輩と久々に話して、どうやら帰郷していたらしく土産話を聞いた。その時に戸籍を取らなければらしかったのだが、親父が死んでいたことに戸籍を見てようやく知ったらしい。脅威の片親/メンクリ通い率を誇る我がサークルのまた一つの悲しみどころが増えてしまった。唐突にその話してきたからすごく笑っちゃったけど反応合ってたかな。 人間の暗部の煮凝りのようなサークルになったことはほんの少しだけ反省

          三島(仮名)

          髪が伸び放題だったので散髪に行った。髪を切ること自体そこまで興味がないので、短く清潔感のある髪型にしてくれれば本当になんでもいい。すごく近所でまあ良い感じのところを探し出し、一限で行く。 一限で行く散髪屋ほど大暴れできるところはない。初めてのお客ということで美容師さんはめちゃめちゃ張り切って話してくれる分、こちらはとんでもない弱者のふりをすることもできるし、とんでもないビッグになりきることもできる。つまり、嘘 つき放題である。 メニューによって変わるがわる変わっていく美容

          三島(仮名)

          オルタナ旅行、華倫変再見

           京都・大阪に一泊二日で旅行をした。オルタナ近畿旅行である。本来オルタナ近畿と呼称すべきは和歌山なんだろうけど、寺とかほとんど行ってないし、行ったのは本能寺だけだ。その一面だけとってもオルタナと呼んで遜色はないと思う(オルタナに対しての大雑把な認識)。  朝からやっている銭湯でピアスがめちゃくちゃ開いてる若い町おこしの人たちに接客されたり、二人でずっとネトストしていた京都市動物園のシロテテナガザルに会いに行ったり、ギリ人が眠れないくらいギラギラ金メッキのアラビアン・ラブホテ

          オルタナ旅行、華倫変再見

          おそらくその日のランチのメニューはカレーだ。

           留年の危機を回避したは良いものの、毎日大学に行かなかったら卒業制作への参加が厳しいので、高校生ぶりに学校に毎日通っている。しかし、大学なんて毎日行く場所じゃないと思う。これは本当にそうで、毎日(本当に毎日)美大ってこんなに嫌な場所だったんだと思う。また、自分はこいつらとは違うという安易なプライドが芽生えかけるのも自意識の呵責がある。大学に行くたびに自意識と社会の断裂を経験する。間接的にではあるが、美大はテロリストの養成学校なのである。全員いますぐ死んだって構わないって言葉で

          おそらくその日のランチのメニューはカレーだ。

          長い夜が明けて

          映画の中で至上の愛の伝達は殺害と性行為だと思うほどに、性的関係が自分の中でとても優位にあった。性的な関係を結ぶことが最終的なもので、それ以降は性的な関係を続けられるかどうかで関係の長短が決まっていくとさえ思っていた。 なぜそう思うのか。単に、自分のせいでしかない。としか言いようがない。そうなんだからそう。自分があまりにも混乱していたことを思い出すようだ。 ではなぜこの前文が過去形なのか。それは最近見た映画に由来する。 濱口竜介の「親密さ」と言う映画を観た。新文芸坐の特集

          長い夜が明けて

          人生はビバップ

          日頃、悩みが尽きない。あっちいっちゃジタバタして失敗。こっちいっちゃジタバタして失敗。やる気をエロ本と一緒の位置に隠しておいたけど、いつのまにかエロ本だけになっていた。何一つうまくいかないとずっと思っている。 何が僕をこう悩ませるのか、どうやったらこのモヤモヤを解消できるか、皆目見当がつかない。いや、見当がつきすぎているから、目を向けたくない。みたくないものから必死に目を逸らして、ぬるい地獄で2、3ヶ月半身浴をしてる。 焦ることばかりが増えた。出来ないことをできるようにし

          人生はビバップ

          最近は皆がみんな、美しいけどさ

          最近は美しい人が多い。アイドル戦国時代が終わり、メンズを含めた地下アイドルが飽和していることから始まって、モデルやコンセプトカフェもだいぶ多くなってきて、その中も美しい女の子や男の子ばかりである。友達もすぐに即席でそういう商売に成立しそうな人ばかりである。 そういう商売が恥ずかしいものではなくなったということもある。ある種のステータスのようにもなっているし、それに憧れて美意識を向上させていると思う。とても上っ面が美しい社会になったものだと思う。僕が設けた「可愛い」「かっこい

          最近は皆がみんな、美しいけどさ

          幸福論の探し方

          noteで有料記事を書いてからいきなり読まれなくなって、非情でウケた。まあ書いていることは全てハッタリなので、全ては等価値である。そう言ってしまうと、世界中の全部が自分からしたらハッタリなので、何にもかんにもが等価値である、とか言っちゃおうかな。 そもそも人間の価値感覚というものは『自分』という不安定な土台の上でサボテン(体育祭)しているだけのものなので、そう大事にするでない。価値感覚との向き合い方は文字通りに、野良猫を見つめるときの眼差しと距離感でいいんだと思う。 最近

          幸福論の探し方

          優しさを考えることは無駄

          優しさとナントカは使いようである。 優しいことは何一つ正義ではない。しかし、悪でもないから厄介なのだ。優しさに甘えることも、優しくなろうとすることも悪なのに、優しいということ自体がなんでもないから厄介なのだ。 優しさに対する憧れなど打ち捨てて仕舞えばいいと思う。苦しみがデフォルトになって、逃げる術がなくなれば何もかもがうれしく感じるはずなのだ。いつもそこにある幸せを噛み締めることができる。 花鳥風月という言葉がある。俗語的な意味でいうと、花から始まって月にまで心動かされ

          優しさを考えることは無駄

          ⭐︎ムラカミー賞 2020⭐︎

            今年は何と長い一年だっただろう。僕だけじゃなくって、違う誰かにとってもそれは同じ話だ。 いろんな苦境が僕たちにじわじわ迫ってきた。尊敬していたいろんな人が死んだ。そういうギリギリの中で、映画を見続けることをやめなかった。 なぜかといえば、やはり映画を愛しているからである。そういう映画に対する愛を、ここにかけて見ます。それでは、 第一回ムラカミー賞開催!!!!!! 出オチじゃないですよ。今回は中までチョコたっぷりです。 内容です。 1 旧作 クウマはこれが好き

          ⭐︎ムラカミー賞 2020⭐︎

          こじるりには「女」という以上に何の情報も魅力もない

          「愛の反対は憎しみではない。無関心だ。」マザー・テレサ こじるりに全く魅力を感じない。TVに出ているということは、世間から一定の評価と魅力を感じられているということなのだろうが、僕はなんの興味も惹かれない。 僕も少しこじるりを好きになろうと努力してみた。しかし僕のどこのヒダにも引っかからない。僕が何かおかしいのかと悩んだこともあった。でも、なぜこじるり程度でこんなに悩まなきゃいけないのかとキレそうになったこともあった。 こじるり自体が、「女」という以上何も僕に主張してこ

          こじるりには「女」という以上に何の情報も魅力もない

          毒電波と有意義なツイッター

          とにかく何かを書いていこうとこの二日くらい躍起になってシナリオや短編を書き殴っているのだが、その宣伝のためだけにツイッターを再開設した。 僕は最近のツイッターの情報が鬱陶しくなって二ヶ月くらいかけてフェードアウトしていったのだけれど、この頃なぜ辞めたのか、何故鬱陶しかったのかを忘れていた。やめてから友人たちととても有意義な時間を過ごしていたから忘れたのかもしれない。 そして、再開とともにどんなものだったかちらっと覗いてみたら、あーーーーーーーーーーっと・・・・・ (これ

          毒電波と有意義なツイッター