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三島(仮名)

髪が伸び放題だったので散髪に行った。髪を切ること自体そこまで興味がないので、短く清潔感のある髪型にしてくれれば本当になんでもいい。すごく近所でまあ良い感じのところを探し出し、一限で行く。

一限で行く散髪屋ほど大暴れできるところはない。初めてのお客ということで美容師さんはめちゃめちゃ張り切って話してくれる分、こちらはとんでもない弱者のふりをすることもできるし、とんでもないビッグになりきることもできる。つまり、嘘 つき放題である。

メニューによって変わるがわる変わっていく美容師さんであったが、散髪と顔剃りの担当の三島さん(仮名)という20代前半の男性がついてくれた。見た目は暴力で成り上がってきた森山未來という印象を受けた。実際、プロボクサーから美容師に転身したという脅威のキャリアで、若干小さくなりつつも、自分は飄々とした関西人の設定で今回は行った。その演技プランを覆すほどにこの三島さんがとんでもない人だったのである。

適当な話をでっち上げながら散髪が進んでいったが、三島さんがボクシングをやっていたとのことで格闘技の話になった。自分は両親がプロレス好きであったことなども幸いしてある程度話はできるので、武藤引退の話などをして、会話は少々の盛り上がりを見せた。

すると、三島さんはいきなり、「入るなコラ、入るな。入るな。入るなよ。またぐなよコラ。またぐな。またぐなよ。またぐな。またぐなよ絶対に」と、謎の文言を言い始めたのである。
わからない人に説明すると、これは大仁田厚が大日本プロレスを訪れ、長州力を電流爆破デスマッチに誘いに来た時に、長州が大仁田にはなった言葉である。

正直、モノマネのレベルは異常に低く、一瞬マシュマロを口に含んだ誰か知らない人が通りすがったのかなと思った。流石に散髪屋でマシュマロを一生懸命食べている人もいないし、マシュマロを一生懸命に食べるような人は昔の長州のことなんて知らないはずである。言葉の主人は三島さんだったと気がつくのに5秒ほどの時間を要したが、ことの次第がわかってくるにつれてどんどんとワクワクが止まらなくなってくる。

格闘技経験者にそこまで鋭角なツッコミを入れるほど自分の肝は据わっていないことに気が付きつつ、とんでもねえやつに出逢っちまったぜという心の高まりを抑えるに至らない。その後も大体2分おきに三島さんは「またぐなよ」のフルフレーズを繰り返すことになる。

そうこうしているうちに顔剃りのフェーズに入る。自分は目の色素が薄く茶色なのだが、顔剃りで目を近づけたときに三島さんはそこに気がついたようである。「僕も目が茶色いんですよね」と急に言われ、「聞いてねえよ」とカウンターを入れようとするのをグッと堪えてガードを高める。

三島さんはやっぱりプロボクサーだったのだろうな。自分が甘くガードを高めた故なのか、あいた横っ腹にとんでもないボディブローが飛んできた。

三島さん「ブラウンアイ三島」

呼吸ができなくなるくらいの笑いが込み上げてくるのを耐えきれず、飄々とした関西人のファイトスタイルを崩し、思い切り「何言ってんだお前」とストレートを決めてしまった。

三島さん「自分のリングネームです」
「そういう名前でボクシングやってらしたんですか」
三島さん「今思いつきました。プロレスやる時使いたいですね。」

そうかー。今思いついたかー。かなり効いたぜそのパンチ。

三島さんは最後まで長州の真似をデンプシーロールのように断続的に行い、後はもうタコ殴られで、自分はグッド・ルーザーを全うし、散髪屋を去った。

せっかく一限ポッキリなつもりだったのに、また一ヶ月後も、飄々とした関西人の役作りをしないといけねえじゃねえか。


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