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リハビリテーション物語


リハビリも込みで書いていたら、物語のような何かが書き上がってしまったので、ここに置いておきます。続くのかもしれないし、ここで終わってるのかもしれないです。



俺はこの仕事場では、ベイと呼ばれている。米一。よねかずではなく、べいいち。だからベイ。筋力や体力を使う仕事では、こういう呼びやすく、そして現存する何かしらと結びついた呼ばれ方をする事が多い。俺は高校を卒業してから働き始めた。それにしてまともに見られるか知らないけれども、なんぞまともなこともない。体力は使える時に使えるだけ使っておいた方がいい、というあさましき・たんらくてき・むひはんてきな考えのもとにこの仕事についていた。この仕事、と繰り返すけれども、正直なところ俺は、今俺がしている仕事がどういうことなのかがわからない。それは「僕が今している仕事が社会の何の役に立っているかわからないよう(T T)」といった中流家庭的な、極めて存在論的な、そういう考えは、俺にはない。あるものをやっていて、ある金をもらっている以上に俺は何を考えるでもない。そんなプチブル的メランコリーではなく、具体的に何をさせられているのか不鮮明なのである。

 言ってしまえば運搬の仕事である。しかしながら、毎度のこと何を運んでおるのかが全くわからないのである。怪しい薬であるとか、吸うとふわふわする葉っぱではない。それを運んで生活を営んでいては、今の俺のように所得税や厚生年金を支払いながら労働者としてこの国に合法的に存在することはできない。そういうわかりやすく見栄え的に社会悪みたいなものか、わからない、違法性があるとは判断しきれない何かなのだ。非常に例えづらいところはあるのだが、生活の中で、普段生活していてふと目についたものの中で「あ、こういうの運んだことあるな」とか、女の子とデートに行った時に見にいった映画の中で「ああいうものを運んでいる仕事をしている」という話をしたりなどしていた。今まで見たものの中で一番近いものが、メトロイドである。サムスの方ではなく、メトロイド、そしてそれが入っている機械が一番近い。あれではなく球体であり、小さいものではあるのだが。大きい球っぽい機械を、何人かの成人で、手作業で運搬している。この、非常にメトロイド的なものを、大都市圏のある町からある町へ、運ぶのだ。

ほとんど大玉転がしだ。大玉転がしも、よくわからないゴム質の大きな玉を、あまり考えもせずに転がしている。誰も意味なんて問わない。ゴールに早く玉を持っていったら褒められる。小学生の行うようなそれを、20になり、ある意味で可能性の絞られた状態の俺が行っているというのだ。笑えてくるではないか。

 「これ埠頭に停まってる船のコンテナまで運び込めたらとりあえずおしまいね」と自分よりも10くらい離れた上司が猫撫で声で話しかけてくる。社員が着ることを義務付けられているライトブルーのつなぎの至る所を汗で濃紺に染めながら、こうした猫撫で声を上げていらっしゃる。朝が昼に少し傾きつつあり、暑さの本域に差し掛かるかどうかほどでこれだけ汗をかいていては、この人は人間というよりも液体に近い知的生命体なのではないかという思いに駆られる。京急本線の北品川あたりの怪しい倉庫から臨海部の方を目指してえっちらおっちら向かっている。おそらく、この人はこの平日の働き盛りの時間帯、臨海部に存在している一番汗かきなのではないだろうか。今日はこの御仁と二人きりの運搬だ。人数が少ないから大切な運搬ではないのかと問われればそういうわけではない。それというのも、この機械質の球、心臓じみた何かを運ぶことによって、以降の昇給に関わってくるのだと、この向こうの汗だく上司に言われており、大層丁重に扱わなければいけないし、しかもこの球を知っている人をなるべく少なくしなければならないとのことだ。ゆえに、大都市圏が静まり返り、外の景色にあまり関心のないこの昼前の時間帯で、しかも高速で運び込まなければならないということだ。
 「ベイも暑かったら水とか率先して飲んでいいからね」と、また猫撫で声。この人は仕事のスイッチを入れる時に何か膜のようなものを被るタイプの人間なのだろう。年下の人間に対して、年下と大きく括り、なるべく無害で角の立たないように、揺り籠から煙草吸いたてまで、差をつけないで接するタイプの人間なのだ。「俺はそんなにガキですかい」と言い出さないのは給料をもらっているからだし、こういうナメた汗ダルマに対してもある種の連帯感を覚えるからである。同じ会社の人をより強く仲間だと思う、それが社会人ということなのだと、テレビで意識高い人が言っていたのだ。高校を出ているので、当然そうした、メディアのたしなみ・まなびがある。

 この機械球体は手押し車のような形式で上司と隣ばんこで運んでいて、取手のところがいつも、今回もなのだが、近未来じみている。非常に手にフィットする質感と力の伝わりやすい材質で、なかなか高度で仕組み上丁重に扱わざるをえないようになっている。当の運ぶ球体の下には円盤状のがっしりとしたスタビライザーがついており、手押しで傾いてもその球自体が転がらないようになっている。毎度、仕事をするたびに、こんな輩に手押しで運ばせて良いのだろうかと思う。「これね、ちょっとでも衝撃があるとダメっぽいから。いつものやつより丁寧にいこう。でも急いでね。早く行かないとダメだから。でも衝撃は与えないように。ああでも時間もないな。ちょっと走ろっか。うん。あ、ああ、あんまり揺らさないで。」こういう物言いに対して、怒りと日差しで意識が遠のきながら、遠くの方にコンテナが見えてくる。

 俺の習性であり、性質でもあるものだが、こうゴールが見えてくるとどうにも力が抜け、気が抜けてしまうのだ。悪いとは思っているのだが、長距離走でもゴールが目前になると途端に呼吸が乱れて歩いてしまうし、そういうもので治らないのだろう。急に脱力して、歩みのペースが遅れてくる。「すみません」「や、もう着くからね。がんばろ。これ終わったら、もう今日はおしまいだから。うん。最後まで気を抜かずにさ。あとちょっとだから。丁寧にね。」と猫撫で。

ああ、もうイラつくとかじゃない。自分の中で、「ちょっと、もういいな」という気分が起こってきた。あー結構危険かもしれない。自分の感情がこの領域に入ったら危ない、とは思うけど、逃れられない脱力のところまで落ちてしまった。朝ごはんあんまり食べなかったのが原因かな。力が出ねえ。力もやる気も出ねえ。あーどうしよう。周りの音がどんどん遠のいていき、視界もなんだかぼやっとしてきた。なんで急にこんなになったんだ。さっきまでまともに考えられてたのによー。

「ベイ、ちょっとまずいかもね。」「すんません」「や、なんか、後ろから変なのが近づいて来てるわ。これ仕事に関係してなさそうな人だし。あーまずいな。ベイ、あーどうしよう。」「後ろっすか」とその時できる関心を全て使い、力を使い切って振り向いた、機球の向こうのほうに見えたのは、横一列に並んだ、アメリカンバイクの集団である。
あー、こんな人間の住んでる感じのしない、仕事でしか訪れるわけないところにも、不良はいるんだなあ、という感想を持ったところで、急激な違和感が俺を襲った。なんかあいつら鈍器みたいなものとか持ってねえか?なんかあいつら、ハンドルが高いバイクなのにスーツ着てねえか?と。ん……?

「ベイ、まずいな。なるべく走れる?ちょっとの衝撃はもういいかも。急いだほうがいいかも。」言葉を失い、自分でもあんなに脱力していたのに体が頭よりも有能に働いたのか、自分じゃないくらい危機感を持った腕と足が強く手押し車を押し始めた。なんだ、あいつら。スーツ着てバイクとか乗っちゃダメでしょ、裾口とか、巻き込むし。ダサいよ。で、武器?今までこんなことなかったのに。あれ。まずい。急がなきゃ。とにかくコンテナまで運び込めたらいいのかな。でもそのあとバイクの集団に襲われたらどうしよう。あれ、バイクの集団今どんくらい近づいてる?もうあと少しでコンテナだ、と振り向いた時にはもうすでにバイクの一台が球の真横までつけていて、鈍器を振り上げたところだった。穴を開けるためのハンマー型の鈍器だ、この球に穴を開けるつもりだ、まずい、と思った時にはもう振り下ろされて、球にガキン!と少しばかりの穴が空いた。あれ、何も起きないけど。汗上司は大丈夫かな、と思うと、なんかもうすでに自分の舌を思い切り噛み切っていて、口から血の泡をぽこぽこと吐いている。白目を剥き、粘着質のある血を顔中にまといながら手押し車のスピードに振り落とされて、球の下のスタビライザーに巻き込まれようとしていた。あれ。何してんのこの人。まずいかな。

「贖罪モードに移行します」と機械じみた女性の声が発された。押していて確認しようがないけれども、この球から発されたのかなと思い立ったら、ゲル状の物体が背中に襲いかかった。「冷たっ」と声を出し力が抜けたところで俺も手押し車のスピードに振り払われそうになったが、そのゲルが球と俺を繋ぎ止めた。そのまま、球の真横に静止していた俺は空中に振り上げられ、オレンジ色のゲルが俺を包み始めた。「贖罪モードを継続し、起動します。」と女性の声がまた続けると、いつの間にか大きなオレンジ色の半透明の中に俺が胎児のように包まれて、その下の様子が見えた。目を疑ったが、球を中心に電撃の手のようなものが生え、先ほど球をガツンしたスーツのバイカー、そしてその後ろに控えているバイカーをすらも、ビキビキ八つ裂きにしていて、もう人生で見る一番の残酷だろうなと思った先ほどの汗ダルマクソ上司の舌噛みを超えてきた。もう何が起こっているかわからないと、理解を諦めるというか、「いいや。」と思った。「もういいや。」発しようと思わずとも、「もうなんでもいいや。」と。
「起動完了 発破」と聞こえると、機械球は周囲の全気圧を思いっきり吸い込んで、待ってましたとばかりにドン!という大きな音を発した後には、球の上に持ち上げられた状態で、間抜けに浮かんでいる俺を包む半透明のゲルから、四方八方の視界が全て土煙に奪われて、キーンという鼓膜をつんざく音だけが残った。その爆発によって、臨海部と東京の大都市の三分の一くらいを巻き込んで、何百万人か死んだらしい。その爆発圏内で、怪我すらもしなかったのは、俺だけだったらしい。

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