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「それだけが正解じゃないよ」とささやいてくれる一戦

2016年の夏。

プロレスラー・鈴木みのる選手が経営するアパレルショップ「パイルドライバー」へTシャツを買いに行きました。

店番をしていたのは、佐藤光留(さとう ひかる)選手。当時彼は全日本プロレスで青木篤志選手と抗争を繰り広げており、世界ジュニアの王座戦を控えていました。

「自分と青木篤志の試合は、プロのレスリングなんです」

この一言、ずっと覚えています。

先日後楽園でおこなわれたエル・デスペラード選手のプロデュース興行でも、佐藤選手は自身の言葉を体現するハードボイルドな闘いを見せてくれました。私のなかで今年のベストバウトです。

デスぺ選手の興行は、様々なスタイルのプロレスの魅力で溢れていました。男女混合マッチやメキシコのルチャ、ハードコア戦など。まさに多様性を示した大会。第0試合からメインまでずっと楽しかったです。

ただ、そんな派手なカードが多数組まれるなかで最も胸を打たれたのは、凶器や場外乱闘、空中殺法、ロープワークすら使わないザック・セイバーJr.選手と佐藤選手のシングルマッチでした。3つのコードだけで構成された曲をアンプラグドで弾き語るような一戦。

現代はこういう「プロのレスリング」的なプロレスが少数派になっている印象を受けます。かつてメディアや文化の最先端を担っていた文芸誌と同じく。商売である以上、もはや業界の中心とは呼べないかもしれない。でも役割を終えたとも思わない。

文芸誌だけではなく、時代小説の単行本もなかなか売れないご時世。しかし私はいまこそそれらの訴える何かに目を向けたい。「進化を止めるな」「バスに乗り遅れるな」という叫びで耳をやられた人に「それだけが正解じゃないよ」とささやいてくれる気がするから。

佐藤選手、ザック選手、そしてデスペラード選手、ありがとうございました。

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