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ハードボイルド書店員日記【202】

<2024年9月3日>

「御無沙汰してます」
穏やかな火曜の午後。レジで背の高い中年男性に声を掛けられた。赤いTシャツの胸元に”GERMAN SUPLEX THE EVEREST STYLE”と黄色いプリントが施されている。そうか今日だ。
「お久しぶりです。行かれるんですか?」
「ええ。久し振りに有休を取って」
「いいですね。楽しんできてください」
彼は年中プロレスのTシャツかパーカーを着ている。カウンターで遭遇する度に「私もロード・ウォリアーズ好きでした」「鷹木信悟、熱いですよね」と話していたら親しくなってしまった。都内某所の居酒屋で働いているらしい。

7年前に試合中のアクシデントで頸髄を損傷したプロレスラー・高山善廣選手を支援する大会「TAKAYAMANIA EMPIRE3」が、本日後楽園ホールで開催される。彼の代名詞は、196センチの長身から繰り出されるジャーマン・スープレックス・ホールド。角度の高さから「エベレスト・ジャーマン」と呼ばれている。

「まだ時間あるから、何かプロレスの本でも買おうかなって。みのるさんと高山さんの対談が載ってるKAMINOGEは読んだんですけど」
「なるほど」
この人はレスラーを呼び捨てにしない。明らかに学生のアルバイト書店員にも敬語で話し掛け、本を受け取る際は「ありがとう」と言ってくれる。ちなみに「みのるさん」は同大会のメインで柴田勝頼選手と闘う鈴木みのる選手のことだ。

「柴田さんって本は出してないですよね?」
「10年ほど前に、同期の後藤洋央紀選手と共著で『同級生』を。ただ申し訳ございません、当店には在庫が」
「大丈夫です。じゃあみのるさんのは?」
「たしか一冊ございます。少々お待ちくださいませ」
カウンターを離れる。

「お待たせ致しました。こちらです」
昨年発売された「俺のダチ。」(ワニブックス)を手渡す。
「助かります。読もう読もうと思って忘れてたやつだ」
「みのる選手と彼と親交の深い人たちによる対談を集めたものです。プロレスラーや格闘家だけじゃなく、テーマ曲の『風になれ』を歌っている中村あゆみさんや、元・プロ野球選手の愛甲猛さんなど」
「愛甲さん? ロッテで活躍された方ですよね。どんな繋がりが」
「同じ横浜高校のOBということで」
「あ、そうか。なんか内容がヤバそうな感じしますね」
「割とヤバかったです」
「でしょうね」
顔を見合わせて笑った。

「印象深いページ、ありましたか?」
「けっこうありました」
記憶の底を浚いつつ、226ページを開いてもらった。そこにはこんなことが書かれている。

試合のための練習と、試合に関係なく日々続けていく練習って、全然違うと思うんだよね。試合のためじゃない練習っていうのは、何々「道」に近いものになると思う。

鈴木みのる「俺のダチ」 ワニブックス 226P 

「あー、わかる気がします。俺も休みの日に仕事とか関係なく、家で新しい料理を考えたりするんで」
「私にとっては難解な純文学や哲学書を読んだり、ネットで記事を書いたりすることがそれに当たるかもしれません。書店員の業務やお金のためじゃなくて、もっと何というか」
「究めるため。己を磨くため。結果的に仕事へ繋がることも多いですけど」
話が早くて助かる。

「他には?」
「これとかどうでしょう。それこそ高山選手との対談です」
84ページ。みのる選手のこんな発言が載っている。

同じ技でも、観客に「こいつが使うこの技は違う」って思わせるのが技術。

同84P

「それも理解できます。奇抜なメニューを出せば一時的にお客さんを呼べるけど、飽きられるのも早い。むしろスタンダードなカレーや卵焼きを気に入ってもらえる方が常連になってくれますね」
「本屋も一緒です。どの店で買おうと値段も内容も同じ。でもどの棚に置くか、どんな本と一緒に並べるか、どんなPOPを添えるか。それらによって手に取ってもらえるかどうかが変わってくる」
「みのるさんや高山さんの試合もそうでしたよね。シンプルな一発の張り手や膝蹴りだけでプロの凄みや歩んできた道の重みを見る人に伝えられる」
「やはりプロレスは人生の教科書ですよ」
「俺もそう思います」

ABEMAで観戦した「鈴木みのる vs 柴田勝頼」は胸に響く激闘だった。間違いなく彼は客席で涙を流しただろう。次に来てくれる日が待ち遠しい。いや、たまにはこちらからお邪魔しようか。

近々食べに行くぞ、ノーフィアー!!

作家として面白い本や文章を書くことでお返し致します。大切に使わせていただきます。感謝!!!