水ナスの刺身と、日本にしかないもの
「水ナスって、英語ではウォーターナスでいいんですかね?」
なじみの居酒屋で日本酒を飲みながら、私は隣席の常連さんに聞いた。私は、その日のおつまみに「水ナスの刺身」を注文していた。
「ええ~?!ウォーターナス?そうは言わないんじゃないかなぁ。ナスって、日本語だしね」
その常連さんは、以前、海外に住んでいたことがあるので、英語が堪能だ。彼はゲラゲラ笑うと、こう続けた。
「まぁ、スイカのことはウォーターメロンっていうけどねぇ。そもそも、水ナスっていうものが日本独特なんだよね」
「あ~。海外にはないんですね。じゃあ、コレは英語で何て説明すれば…」
私は、ちょうど運ばれてきたばかりの水ナスを指差して言った。
「う~ん…」と常連さんは少し考えてから
「ナスは英語でエッグプラント(eggplant)っていうからねぇ。
強いて言うなら、バリエント オブ エッグプラント ウィッチ キャンビー イートン ロウ(variant of eggplant which can be eaten raw)かな」
「なんですか、その長いの?」
「つまりね、生で食べられるナスの一種、って意味」
「ふぇ~。そんな言い方しなくちゃいけないんですか~」
「そうだねぇ。向こうにはないものだから、説明するしかないね。それから…」
「それから?」
「ここの店主は、これを水ナスの刺身って言ってるでしょ?その言い方って、確かにな~と思うんだ」
「なんでですか?」
「だってさ、生の野菜を盛り付けたものって、サラダでもいいと思うけど、サラダっていうと、普通はドレッシングをかけたり、和えたりしたものなわけよ」
「あ、そうか!」
「そうそう。だからね、こうやって薄くスライスしたものって、やっぱり刺身なんだよねぇ」
「でも、刺身って、ロウフィッシュ(raw fish)じゃないんですか?」
ロウフィッシュが生魚だということくらいは、辛うじて知っていたので、私はさらに常連さんに聞いた。
「ええっとね、薄くスライスして出すことをサーブド イン シン スライセズ(served in thin slices)っていうんだよ」
「あ~、なるほど。ってことは、この切り方が刺身だってことですね?」
「うん。そうだね、たぶん」
「そうか~。あ、それから、かつお節って、なんて言うんですか?」
「かつお節はボニート フレークス(bonito flakes)ね。ボニートはかつお」
私が思うに、この「水ナスの刺身」は2つの文章にわけて説明した方がよさそうだ。
まず、ディスイズ バリエント オブ エッグプラント ウィッチ キャンビー イートン ロウ &ボニート フレークス
と、水ナスとかつお節を説明してから、
ウィ コール ディス サシミ ビコーズ イッツ サーブド イン シン スライセズ
「薄くスライスして出すから、刺身と呼んでます」と、メニューの名前を説明する。
「難しいですねぇ、英語って」
私がそう言うと、常連さんはアハハと笑ってこう言った。
「英語が難しいんじゃないよ。和食が独特だから、英語にその表現がないだけなんだよ」
確かに、そうだ。
「サシミ」も「スシ」も、海外の日本食ブームに乗って世界共通語のようになったが、それはぴたりと当てはまる英語の言葉がなかったからだ。
「そのうち、水ナスも通じるようになりますかねぇ」
「さぁ、それはどうかなぁ~。なるといいねぇ」
常連さんは穏やかに笑うと、手元の日本酒をゆっくりと味わった。
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