「たこ焼きとビール、お願いします」 「はい、ありがとうございます。中で食べていきます?」 「はい、食べていきます」 平日の午後、ぽっかり時間が空いたので、散歩に出かけた。駅の近くにあるたこ焼き屋の前を通ると、いつも人が並んでいることが多いのに、そのときは空いていたから、ちょっと寄ることにした。 「お待たせしました~」 「ありがとう」 カウンターでたこ焼きと缶ビールを受け取ると、店の奥にあるイートインスペースへ行き、椅子に腰掛けた。そのスペースには、たこ焼きの容器を
休日の朝、私は起き上がることができなかった。 体調が悪いわけでもなく、眠いわけでもなかった。では、なぜ起き上がることができなかったのかといえば、予定がなかったからである。 起きても、やることがない。 そう思うと、目は覚めていても身体を起こすことが億劫になった。まだ暖房のついていない部屋は寒くて、その寒さも私を布団の中にとどまらせた。 でも、予定はなくても、朝起きて活動しないと身体のリズムが崩れて自律神経が乱れると聞いたことがある。若いころは平気だったのに。 仕方がな
その日、私はスーパーの店内をウロウロしていた。 といっても、別にあやしいことをしていたわけではない。迷っていたのである。 買おうか、買うまいか。牛肉を。 私がウロウロしていたのは、スーパーの店内でも精肉売り場である。普段は買いものに来ても、牛肉のコーナーは見ない。通り過ぎている。牛肉は高いことがわかっているからである。 しかし、その日の前日、うっかり何かのレシピサイトで「すき焼き」の写真を見てしまった。 久しぶりに食べたい。すき焼きを。 その思いは、一晩寝てもさめ
その日も私は、原稿を書いていた。 夕方、小腹が空いたのに気がついて、ちょっと休憩することにした。 コーヒーを淹れようと、パソコンを置いてある部屋からキッチンへ移動した。やかんに水を注いで火にかけ、お湯が沸く間に、なにかつまむものを探す。 とりあえず、冷蔵庫を開けると、目が合ったのは「餃子の皮」であった。 ああ、そういえば……。 いつぞや、なにかのレシピを検索したときに「餃子の皮でピザをつくる」というのを見かけた。とても簡単そうだったので、自分でもつくってみようと、餃
ああ、またやってしまった……。 煮物の味見をして、一旦閉じたばかりの鍋のフタを、私はあわてて開ける。落としぶたにしているキッチンペーパーを箸で退け、料理酒をふた回しする。できあがる前に気づいてよかったと、自分をなぐさめる。 その日につくっていたのは、大根とにんじんとしいたけをかつお出汁で煮たものだった。かつお出汁、といっても、顆粒だしの煮汁にかつお節をたっぷり入れたもので、特別ていねいに出汁をとったわけではない。けれども、煮込んでいる最中には間違いなく「おいしい煮物」とい
「ぬぉ~~~!もうムリ!もう、なんもできん!」 真冬の夜、パソコンを閉じると、私は思わず声に出した。 その日は原稿が思うように進まなかった。オンラインでインタビュー取材した内容を原稿にしていたのだが、書きたいことが多すぎて、決められた文字数内におさまらない。四苦八苦しているうちに、何時間も経っていた。 原稿、送れない……。きょう送る予定なのに……。 あせればあせるほど、うまくまとまらない。夜までかかってもまとまらないので、結局、その日に原稿を送ることはあきらめることに
眠い。しかし、どんなに眠くても、お米をとがなくては。 このまま眠ってしまったら、明日の朝、炊きたてのごはんが食べられない。 そう思って、半分閉じたようなまぶたをムリヤリこじ開け、キッチンへ向かう。 炊飯ジャーのお釜を取り出し、お米を保存してある食料庫の米袋を開けて、お釜にお米を入れる。本当はお釜でお米をといではいけないと聞いたことがあるが、ボウルでお米をとげば、そこからお釜に移さなくてはならない。それがめんどくさい。 お釜に入れたお米に向けて、水道の蛇口から直接水を注ぎ
その日の私は、困っていた。 1か月ほど前、知り合いからビニール袋に入ったお米をもらった。お米なら日持ちするからと、しばらく使わなかったのだが、改めてその袋を開けてみたら、ビニール袋は二重になっていて、お米が入った袋の下に、じゃがいもが5個も入っていたのである。 「なんだよ〜。手渡すときに言ってよ〜」 と思ったが、そんなに頻繁に合う相手でもないので、まぁいいか、と流すことにした。気がつくのが遅かったとはいえ、食材をタダでもらえるのはありがたいことだ。 さて、問題は、目の
ふるさとのお土産を持って新年のごあいさつに行ったら、お返しに干し柿をもらった。私にとっては久しぶりの干し柿で、ちょっとうれしかった。 子どものころはそんなに好きじゃなかったはずなのに、好きになったのは何がきっかけだったかな……と思い出してみた。すぐには答えが出なかったので、まぁ、答えが出なくてもいいかと、日本酒を飲みながらぼんやり考えることにした。 「あ、そういえば……」 一生懸命に思い出そうとすると答えが出ないのに、答えが出なくてもいいかと開き直ると、ふっと思い出すこ
その日、気がつくとすでに夕方になっていた。 お正月を実家で過ごし、その日の午後に新幹線で東京に戻った。移動の疲れがあったのか、自宅に着いた途端に眠くなり、「ちょっとだけ」のつもりで昼寝をしたのだった。 ちょっとだけ、のつもりが、全然ちょっとじゃなかった。ウトウトしてからすでに2時間以上が経っている。 ゆるゆると動き出すと、おなかが「グゥ~」っと鳴った。 着いた途端に眠ってしまったものだから、そういえばお昼ごはんを食べていなかったのである。 おなかは空いたが、考えてみ
クリスマスを過ぎると、一気に年末である。年末になると我が家では、毎年、野菜を煮込んだものをつくる。まぁ、我が家といっても、私はひとり暮らしなのだが。 なぜ、野菜の煮込みをつくるのか。それは、年末年始のごちそうに向けて、冷蔵庫をカラにしたいからである。 野菜をたっぷり使った煮込み料理ということで、例年、カレーかシチューということが多い。そして、ひとり暮らしなのでそれを2~3日続けて食べる……というのが、恒例であった。 よし、今年はちょっと工夫しよう、と思った。 そもそも
その日も、私は家で原稿を書いていた。 締め切りが翌日、というほどには切羽詰まっていなかったけれど、何しろ年末である。あれこれやらなければならないことがあるので、早めに書いてしまおうと、気持ちはちょっと焦っていた。 だから、その日のお昼ごはんは簡単に済ませた。つくりおきの焼きおにぎりとインスタントの味噌汁という、お湯さえあればできる自作の食事を済ませると、使ったお皿とお椀と箸を持って、キッチンへ向かった。 流し台でお皿やお椀を洗っていると、ふと、近くにあった大根と目が合っ
その日の私は、焦っていた。 原稿の締め切りが翌日に迫っているというのに、ちっとも筆が進まない。いや、今は原稿を書くのに筆は使わないから、キーボードを打つ手が進まない、といった方がいいだろうか。 ああ、どうしよう……。 焦れば焦るほど、キーボードを打つ手が遅くなる。朝から自宅でパソコンに向かっているのに、まだほとんど進んでいない。 その原稿は、すでに取材したインタビュー内容をまとめるもので、インタビュー自体はとてもおもしろかった。だから、それをまとまるだけ。ああ、それな
「グゥ~」 夕方、お腹が鳴った。その日、私は朝から原稿を書いていて、午後1時ごろ、休憩も兼ねてお昼ごはんを食べた。 それにもかかわらず、私のお腹が鳴ったのである。さっき、ちゃんと食べたのに。 自分のお腹が鳴ったせいで、自分が空腹であることに気づかされた。すると、もうダメだ。夕食のことしか考えられない。 冷蔵庫に、豚肉があったなぁ。 あ、スーパーで半額になっていたもやし、買ったのに使ってない。 たしか、冷凍庫には切って冷凍したピーマンがあったはず。 ……ということ
人間の脳というのは、流れにのることが得意。 先日読んだ本に、そんなことが書いてあった。それを読んで以来、その言葉がちょっと気になっている。 そういえば、そうだよな……と思うことが、今年の私にはいろいろあったからである。 1月には、うまくいっていると思っていた仕事にトラブルが起きた。それをきっかけに、私は仕事のことを深く深く考え直さなければならなくなり、そのストレスからか、身体を壊した。 その落ち込みは春まで続いた。暖かくなったのと、仕事が再びうまくいきはじめたのと、心
その日の私は、思いのほか疲れていた。 家にたどり着いたとき、ああ、やっぱりお惣菜でも買ってくるんだった……と思った。 その日は平日だったけれど、午前中のうちに依頼主へ原稿を送った私は、午後から街へ繰り出した。雲一つない、気持ちいい秋晴れだったからだ。 散歩がてら、と思って出かけた割には、久しぶりに商店街をブラブラするのが楽しくて、途中、酒屋で買い物をした以外は、夕方までほとんど歩き通しだった。 その商店街を歩きながら、お惣菜屋さんを見かけて、夕食用になにか買って帰ろう