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料理と原稿

「グゥ~」

夕方、お腹が鳴った。その日、私は朝から原稿を書いていて、午後1時ごろ、休憩も兼ねてお昼ごはんを食べた。

それにもかかわらず、私のお腹が鳴ったのである。さっき、ちゃんと食べたのに。

自分のお腹が鳴ったせいで、自分が空腹であることに気づかされた。すると、もうダメだ。夕食のことしか考えられない。

冷蔵庫に、豚肉があったなぁ。

あ、スーパーで半額になっていたもやし、買ったのに使ってない。

たしか、冷凍庫には切って冷凍したピーマンがあったはず。

……ということは、今夜は炒めものでもつくるかなぁ。

味つけは?ソース?中華?しょうゆもいいなぁ。

あ、この前読んだ料理本に、カレー味の野菜炒めが載ってた。そうだ、カレー味の炒めものにしよう。

意識がだんだん、夕食色に染まっていく。もう、目の前の原稿のことは考えられなくなっていく。原稿の文字を読んでいるはずなのに、記号にしか見えなくなっていく。

もう、ムリだ。

私は原稿を仕上げることをあきらめて、キッチンへいく。

アタマの中で想像していたとおりに、冷蔵庫からパック入りの豚肉と袋入りのもやし、チューブ入りのおろししょうがを取り出し、冷凍庫から細切りにして袋に入れておいたピーマンを取り出す。

どれも食べやすい大きさなので、包丁を使う必要はない。

鍋にごま油とおろししょうがを入れ、中火で熱して香りがたったところで、豚肉を炒める。塩こしょうをしてさらに炒め、ピーマンともやしを入れる。野菜をサッと炒めたところで、しょうゆを回し入れ、カレー粉をふる。

ここまで一気にやったところで、ちょっと味見をする。塩とカレー粉を少しプラスして味を整え、できあがり。

「よし、できた!」

カレーの香りを嗅ぎながら、お気に入りのうつわに盛り付ける。本当はビールを飲みたかったが、それは冷蔵庫に買い置きがなかったから、焼酎にする。

いそいそとテーブルへ運び、写真をパシャリ。熱いうちに食べたいから、撮るのは一瞬だ。

「いただきま~す」

お気に入りのうつわの前で手を合わせる。ひとり暮らしだから誰もいないのに、誰にあいさつしているんだろうと、いつも思う。だけど、ひとり暮らしでも「いただきます」は忘れてはいけないと、なぜか思う。

「どれどれ……」

自分でつくった料理だし、さっき味見をしているから、すでに味はわかっているはずなのに、改めて食べ始めるときはいつも「おいしいかな?」と思いながら、箸を入れる。

「おいひ~い!」

できたてで熱いから、「おいしい」という言葉がちゃんと言えなくて「おいひい」になる。でもそれが、本当においしいということなのだ。

うん、やるじゃん、私。思わず自画自賛。

グゥ~っと鳴ったお腹からここまでが、たぶん1時間弱。空腹に気がついて、冷蔵庫の中のものを思い出し、メニューを考えて、手を動かして料理をして、盛り付けて、おいしく食べる。

気がついて、思い出して、考えて、動いて、そして、できあがったものを出す。

原稿も、こんな風に書けたら、いいのになぁ。

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