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レバーと村上春樹

 レバーの話が持ち上がると、いつも決まって同じ言葉がささやかれる。レバー好きの世界には、レバーが苦手な僕たちへのひとつの呪文がある。その呪文はまるで喘息の猫が静かな夜に吐き出す苦しげな息のようだ。
「君は、本当に美味しいレバーに出会ったことがないんだよ」
「それって、村上春樹にも通じるところがあるわね」と彼女は言った。
 彼女は一瞬、喘息の猫のように僕を見つめた。
「あなたはまだ100パーセントの村上春樹に会ったことがないのよ。きっと世界のどこかに、あなたにとって100パーセントの村上春樹がいるはずよ。」
やれやれ。
僕は、村上春樹なんて読みたくないのに。
そんな本なんて、フクロネズミが巣穴へ持ち帰って世界から忘れ去られてしまえばいい。
 それでも、どこかで彼の作品に手を伸ばしてしまう日が来るのだろう。それが100パーセントの村上春樹かどうかは、分からないままに。

フクロネズミは巣穴へ持ち帰る

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