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嘘日記

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嘘の話を置くマガジン
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記事一覧

3-8の話

長く続く無職生活のおかげですっかり宵っ張りになってしまった。引きずられるように起きる時間も先にずれていく。起床が朝と結びつかなくなり、日が出ていれば朝、起きた時間が朝になっていく。あと何日かすれば、また時の巡りが戻るだろう。私はそのあたりに来る夜の眠気が好きだ。小学生以来久しく感じていないような強烈な眠気になす術なく降伏する瞬間が好きだ。

無職になっても、週末は待ち遠しいものだ。むしろ働いていた

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2週間小話を毎日更新し続けた所感

夜をまたいでしまったので3月4日の話は無し。小話の連続更新は2週間で途切れた。ついでに2週間短い話を毎日更新した所感を残しておく。

⑴ ネタは案外出てくる
1000文字程度の話と決めてるので、あまり気負うことなく書けた。書くこと無いなと焦っても案外なんとかなる。書きながら要素を思いつくこともある。書きたいと思って残したメモは案外役に立たない。それを書きたいと思った時の状態は大体において忘れている

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3-3の話

雪が降り続けてもう直ぐ3日目になる。乾燥した粒の小さな雪は解けずに積もるので、毎朝家から山道までの小道がつぶされないように雪かきをしなければならない。私が住む地方に雪が降り続けるなんて前例が無いことだ。買い出しに行けず困っている住民もいるようだ。もっとも車を持っていない私には特に関係の無いことだけど。

園芸用の3本鍬を使い小道を少しだけ起こしていく。踏み固まった道が日光で溶けるとスケートリンクの

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3-2の話

神は細部に宿るという言葉が好きだったXは、彼が高校2年の冬に死んだ。死の予兆はなく、ただ死んでしまった。突然のことに戸惑い涙を流す同級生を見ながら、私は怒りを隠すのに精一杯だった。「知りもしねえくせに勝手に泣いてんじゃねえよバーカ」と怒鳴り、かたっぱしから机を蹴り飛ばしたかった。Xの訃報を告げられたあの朝のことを私は今でも忘れていない。椅子の硬い背板の感触と腿の上で硬く握られた拳。すすり泣く同級生

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3-1の話

私は石鹸をデパートで買っている。それは帰宅後の手洗いのためにしか使わない。なぜなら香りが強く、香水と変わらない匂いをまとうことになるからだ。接客業ではないので香水を咎められることはないが、すべてにおいて無難かつ無味無臭をモットーに会社で過ごしているため、少しの変化さえ何か言われるのではないかと緊張してしまう。そんなのはごめんだ。私にとって良い香りなんてのは家で楽しむくらいで十分だ。

今日はいつも

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2-29の話

大好きな曲で気持ちよく目が覚めたい_そういった思いは多くのひとが持っているらしいが、実際のところ朝に弱く寝起きはジッとしていたいと思うような人にとってそれは有効ではないと聞いた。面倒で避けたい気持ちが曲の印象を塗り替え、日常生活であまり聞きたくない曲になってしまうという。そう語ったXは、逆の試みとして自身が嫌いなアーティストの曲を目覚ましのアラームに設定し、怒りを利用して起床していると語った。結果

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2-28の話

昼間、揚げそら豆をぽりぽり食べていると、急に空が暗くなった。予報では1日快晴だったはずだが、急に崩れたのだろうか。カーテンを開けるといつも見える向かいの家がなく、代わりにのっぺりと広がる紺色の何かだった。空にあたるところに目をやると、うっすらと波立っている。私の家は湖の底に沈んでいっているようだ。これでは買い出しに行けない。

ゴンという鈍い音と振動が、無事に着地したことを教えてくれた。私は何をす

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2-27の話

夜の川辺を歩くのが好きだ。街灯の光も届かない川床は塗りつぶされたように黒く、混じり気のない暗闇が放つ無視できない力について考えてしまう。橋も渡り終えないうちに左足首が痛み出す。痛みは思考を中断させ、私を現実に引き戻す。足は痛いが、ここは立ち止まる場所ではない。街灯は私を容赦なく照らすし、車道に引かれた頼りない歩行者用のスペースで座り込むわけにもいかない。足が痛い。

もうすぐ学校へ行かなくなって1

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2-26の話

足が12本あるネコをもらうことになった。10本足も14本足も田舎ではよく見たけど、12本足のネコは珍しい。しかもすべて靴下を履いている柄だという。なんでも保健所に保護されたが、辺り一帯はもう手一杯の状態で誰も引き取ってくれないのだという。たとえそれが彼らの常套句でも、私は12本という珍しさにやられてしまい、その日のうちに必要なもの全てを集めてしまうほどあった。暇つぶしになるだろうと思って買ったおも

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2-25の短い話

雨戸を打ち付ける雨の音で目が覚めた。足のぬくもりが長時間の睡眠を物語っている。雨戸の隙間から光が差しているし、夜は開けたのだろう。口腔内の不快感を無視し、布団を頭まで引っ張り上げた。携帯電話に触ることなく時間が流れるままにしていたが、連続して入る通知音に負け、とうとう体を起こした。

布団の中で脱いだ靴下を探し、底冷えするフローリングに足を下ろした。覚醒しきってない頭もそこそこに、トイレを済ませ、

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2-24の短い話

5ヶ月ほどの無職期間を終え、私は免罪符を発行する仕事に就いた。免罪サービス社が免罪窓口で発行する仕事だ。不意に誰かと顔を合わせないようにと配慮に配慮を重ねた結果、誰もが免罪に来たのだなとわかるような辺鄙な場所にある。あなたの思う免許センターの立地とだいたい一緒だ。定期的に届く免罪ハガキを手に人々は赦されにくる。

顔が見えないように区切られた窓口から差し出されるハガキと書類に目を通し、不備が無いか

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2-23の嘘

人類が数十億年かけて守ってきた「夜は寝る」という習性も友人のAにとってはもはや古いものらしく、齢30を超えても真夜中にメッセージが入る。帰宅後に着替えて家を出ることが億劫な私にとって、夜中でも誘ってくる彼の存在を眩しいとさえ感じていた。一体Aはいつ寝るのだろう。

入浴ついでの歯磨きも終わらせたことを伝えたが、どうしても会う必要があるとのことだったので、私はスウェットの上に大きめのブルゾンを羽織り

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2-22の嘘日記

駅前にパン屋ができた。それもイオンの全フロアを無理やりな手段で買取りパン屋へ改造したのだという。顔見知りの店員は困惑した面持ちでカウンターの中でパン屋開店の飾り付けを作っていた。

「まいったよ。急にパン屋になれだなんてね」

彼は手先が器用なこともあり、贈答用パンの飾り付け部門へ異動になるという。「どうなっちゃうんだろうね」彼は突然おとずれた非日常を笑顔で受け流していた。抵抗した何人かは懲戒処分

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2-21の嘘日記

Xと海へ行った。砂浜には犬の散歩をしている老人と、地元住民らしき人がちらほらいるくらいの賑わいだった。湿った浜辺に腰を下ろし、体を横にした。服がじわじわと水を吸い上げていく感触が気持ち悪い。Xが時折話しかけてくるが、風が強くてうまく聞き取れない。イヤホンをせずに外の音を聞くのが久しぶりで落ち着くのに時間がかかった。

じっと目を閉じているうちに眠っていたようで、目を覚ました時、Xはどこかへ消えてい

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