2-22の嘘日記

駅前にパン屋ができた。それもイオンの全フロアを無理やりな手段で買取りパン屋へ改造したのだという。顔見知りの店員は困惑した面持ちでカウンターの中でパン屋開店の飾り付けを作っていた。

「まいったよ。急にパン屋になれだなんてね」

彼は手先が器用なこともあり、贈答用パンの飾り付け部門へ異動になるという。「どうなっちゃうんだろうね」彼は突然おとずれた非日常を笑顔で受け流していた。抵抗した何人かは懲戒処分にあい、入り口の前で抗議活動をするべくチラシを撒いているそうだ。こんなに治安の悪いパン屋は初めてだ。

街はどんどん変わっていった。いたるところでパン屋開店のノボリがはためき、不服さを浮かべた店員がトレイを除染したり、オススメのパンを宣伝している。イオンを皮切りに街中の店がパン屋へと鞍替えしていく。店じまいを選ぶところもあったが、多くがパン屋になることを選んだようだ。

「なんせ生活がかかってるからね。それにウチはカレーパンがうまいってレビューも入ったし、なんかやめられなくて」行きつけの元雑貨屋は売り上げが以前より増えたことを教えてくれた。たしかにカレーパンは美味しかった。

「カレーがさ、うちのは全然違うんだよね。乾燥トマトとか、いろいろ入れてるんだ」かつて私に万年筆を見繕ってくれた店員はそういってエプロンの紐を締め直していた。

とんでもないことが起きているのに、我が街は「パン屋で地元振興」という扱いでネットニュースになったきり、どこからも何も言われないまま日々が過ぎていった。大きなことがあったと言えば、頑なにパン屋になることを拒んだ寿司屋の板前がイオンに忍び込み、パン生地を作るイースト菌を死滅させたという騒動くらいだ。彼は今でも過激な反パン主義を掲げ、駅前を喧伝している。

それでも街の多くの人が、駅を拠点に他の街で働いているのだ。まさか私の職場もパン屋になるだなんてことはないだろう。会社は比較的都会にあるし、なにより米を取り扱うのだ。私は気楽に構えていた。

半年が過ぎ、落ち着くことなく広がり続けるパン振興は区外にまで及ぶようになった。全国波のテレビでは呑気に空前のパンブームとはやし立てている。いや、すでにメディアはパンに侵されているのだろう。誰も彼も光のない目をこちらに向け「うまいうまい」と言っている。MISIAもパンにハマっているらしい。MISIAまでもがパンに落ちた。この国はどうなってしまうのか。

「これより我が社は米粉を使ったパン、ごパンを主力製品にすることになりました。戸惑う方もいると思いますが、上の方針でそうなりましたので、今日はみなさん一緒にごパンを勉強しましょう。」死んだ目をした上司の口から出た言葉に、私は薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。きっと中に入れる惣菜が今後を決めるのだろう。私は生まれ故郷の名産品との相性を考え始めていた。


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