3-3の話

雪が降り続けてもう直ぐ3日目になる。乾燥した粒の小さな雪は解けずに積もるので、毎朝家から山道までの小道がつぶされないように雪かきをしなければならない。私が住む地方に雪が降り続けるなんて前例が無いことだ。買い出しに行けず困っている住民もいるようだ。もっとも車を持っていない私には特に関係の無いことだけど。

園芸用の3本鍬を使い小道を少しだけ起こしていく。踏み固まった道が日光で溶けるとスケートリンクのようになってしまうのだ。ほんの少し長さが足りない鍬を使うので背中が痛い。トレーナーにしみた汗が冷えていくのを感じる。吹きすさぶ風が顔に当たって痛い。

家に戻り、汗で濡れた下着を変えた。引き抜いた電話線を元に戻すとすぐに電話がかかってきた。このところ無言電話がひっきりなしにかかってくる。目的のわからない悪意にさらされて私は気が滅入っていた。電話線を引き抜き昼食を作る。袋麺に卵とウインナーとブロッコリーを入れたものを作った。これを料理として振る舞うと大抵すごいと言われる一品だ。食器を洗いひと段落がつくといつものように強烈な眠気に襲われた。抵抗するまでもなく私は意識を失った。

夢は鮮やかだった。そこはかつてやめた職場で、私はディスプレイの無いパソコンで仕事をしている。コピー複合機のある場所にキッチンが置かれ、誰かが洗い物をしている。私はなぜかそこへ近づくことができない。印刷しなければならないものがあるのに、私はキッチンへ近づくことができない。席を離れると場所が変わった。キッチンのシンクの前で私は何かを伸ばしている。それをお湯につけなければならない。後ろを見ると私の後ろ姿が見える。椅子に座っている。そこで目が覚めた。

電話が鳴っている。電話だと気づくのにしばらくかかった。それに今は電話も繋がらないはずだ。階段を掛け下りて電話の元へ行くと確かに電話線がつながっている。呼び出し音はそこで切れた。玄関のほうを見るが、鍵はかかっている。いったい誰が__身構える間もなく肩を掴まれ私は大声をあげ、顔をかばいながら後ろを見た。Xだった。

「お前、いくらなんでも不用心すぎるぞ」そう言ってXは私の二の腕を叩いた。何の返答もできず、震える私を見てXはようやく異変に気づいたようだ。無言電話が続いていることを知るとXは不安がる私に同情してくれた。「無言電話だけってのが気持ち悪いね」「一緒に警察行こうか?」真面目に取り合ってくれるのはXだけだ。実害らしいものが無いから様子を見ると伝えるとXは「何かある前に電話できるよう携帯は手元に置いとけよ」と言った。

思い出したようにXはトイレへ向かった。用を足しながら裏口から上がったことを詫びた。呼び鈴を鳴らしても出てこないので帰ろうと思ったが、膀胱がパンパンだったのでトイレを借りるつもりだったらしい。鍵をかけ忘れていたのでわざわざ掛けなおしたとのことだった。電話線も善意でつないだと言う。Xに便座に座ってするように忠告したが無視された。

手土産があると言いXは胸ポケットから小さな包みを出した。それは麻の糸と再生紙に包まれている。解くと丸い缶が現れた。珍しいハーブティーの茶葉だそうだ。缶を揺すると小さな紙片が出てきた。LSDだった。なかなか良い品だぞと言い、Xは笑った。たまにXはこういうものを渡してくる。私用の余り物だとか、売るには惜しい物だとか言葉を添えて。

二階に上がり、自室を開ける。壁につけたベッドに腰掛けてシートを舌に載せた。天井が上に伸びていく。布団の模様が歪む。体が重いのか頭が軽いのかわからなくなっていく。横を見るとXも私を見ていた。肌の色がさざめいて見える。Xは身を乗り出して私の耳を触った。Xの体を包んでいる柔らかい光が手のひらを通して耳を温める。体の中で何かを叩く音が聞こえる。鼻息が目の奥で響いて後ろへ伸びていく。耳を撫でるXの手が私の唇にたどり着いた時、私は目をそっと閉じた。情報の洪水が押し寄せ、身体の境目をめちゃくちゃにしていった。

洪水が去る。ベッドの上で横になったまま、光の片鱗がチラチラと布団の上を這っていくのを眺めていた。Xは背を向けて寝ていた。小さく膨張と収縮を繰り返す背中を確認した後、私は

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