3-2の話

神は細部に宿るという言葉が好きだったXは、彼が高校2年の冬に死んだ。死の予兆はなく、ただ死んでしまった。突然のことに戸惑い涙を流す同級生を見ながら、私は怒りを隠すのに精一杯だった。「知りもしねえくせに勝手に泣いてんじゃねえよバーカ」と怒鳴り、かたっぱしから机を蹴り飛ばしたかった。Xの訃報を告げられたあの朝のことを私は今でも忘れていない。椅子の硬い背板の感触と腿の上で硬く握られた拳。すすり泣く同級生。重い空気は放課後まで続いた。

ホームルームが終わり教室を出ようと教卓を横切った時、担任の先生に呼び止められた。入ったこともない別室でXのことをあれこれ聞かれた。私はあの時、なぜXの友達が私だと知っているのかと尋ねた。本当に意外だったのだ。生徒間の人間関係なんてそこまで把握しているはずがないと思っていた。先生は私が覚えていないような出来事を挙げ「特に親しいのはお前だからな」と続けた。これといって有益な情報が出ないことを確認すると、先生は場を切り上げようとしたので、私は先生にXの死因を聞いた。突然死だった。そのあとも先生は何か言っていた気がする。私は「そうですか」とだけ言い、部室の横にある美術準備室へ行った。

Xと私は美術準備室が好きだった。先輩が引退してからは部室を開けた回数よりも、準備室で過ごした回数の方が多いくらいだった。ストーブも無い部屋だったが、日の光がよく入る一画に並んで座りあれこれとりとめの無い話をしながら時間を潰すのが常で、たまに部活の終了時刻より前に学校を出て、古本屋にある攻略本のコーナーでやったことも無いゲームのことで盛り上がったりもした。

ドアを開けカバンを下し、いつも座っていた場所に座る。今にもXの匂いがしてきそうだ。思えば他人の匂いを認識したのもXが初めてだった。シャンプーと干したシャツの匂いの向こうにXの体臭があった。私はそれが好きだった。部員用の棚に置いてあるスケッチブックを引き抜く。私たちは不真面目だったからろくに絵を描かなかった。ポケモンやドラゴンボールの下手な落書きが数点あるくらいでページの大半は空白だった。落書きの一つ一つを眺めながら、その時のことを忘れないためにXと交わしたやりとりを慎重に思い出そうと努めた。ダメだった。声は思い出せるのに、Xが放った言葉の多くは失われてしまった。

机の下で蹴ってくる足、覆いかぶさるように描く姿、眉根と鼻を近づけてくしゃくしゃにした顔。自分にとってやっと描きたいものが見つかったのに、再現できる腕の無さを認めたとき、私はそこで初めて泣いた。泣きながらXが宿っている細部のことを思った。Xは17歳で死んだ。突然死だった。

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