2-23の嘘
人類が数十億年かけて守ってきた「夜は寝る」という習性も友人のAにとってはもはや古いものらしく、齢30を超えても真夜中にメッセージが入る。帰宅後に着替えて家を出ることが億劫な私にとって、夜中でも誘ってくる彼の存在を眩しいとさえ感じていた。一体Aはいつ寝るのだろう。
入浴ついでの歯磨きも終わらせたことを伝えたが、どうしても会う必要があるとのことだったので、私はスウェットの上に大きめのブルゾンを羽織り、家を出た。Aの「どうしても」は大抵張り切って作ったはいいが処理しきれなかった食べ物を押し付けるくらいの用事だし、きっと角煮でも作ったのだろう。そんなことを考えていると急に己の満腹度合いを意識してしまう。何も食べる気がしない。
駅前の広場で座り込むAを見つけ声をかける。30も超えてるんだから座り込むなんてしないほうがいいと伝えたが、言葉を素通りさせた後Aは「あっちにホットドッグの屋台があるんだけど、見に行こう」とだけ言い、急ぐように広場を離れて行った。慣れてはいるが、Aと私の間では会話らしい会話が成立しない。Aの痩せた後ろ姿を眺めながらついていくと、たしかに屋台があった。誰も買わないのに、移動もせず佇んでいるのだという。
「買おうよ」私の目を遠慮なく見ながらAは言った。買うよ。
屋主の認識が及ぶところまで近づいているのに、彼は何も言わず立ち尽くしている。「ホットドッグ2つ 味とか全部おまかせで」Aはそう言って二千円を渡した。恐ろしく無口なホットドッグ屋はいそいそとパンにピクルスやソーセージを載せ、派手な包み紙とともに私たちに差し出した。感動も不満もないありふれたホットドッグだった。Aと私は駅前の広場まで食べながら歩いた。
「なんでホットドッグ屋なんだろうな」Aは前を歩きながら言った。ものを食べている時、私は上手くしゃべることができない。ただ食べながら彼の後ろ姿を見つめていた。
「普通だったな」Aは駅ビルのスクリーンに顔を向ける。天気予報が写っていた。ようやくホットドッグを食べ終えたとき私は「そうだね」とだけ返した。
誰かと会うのに、それ以上の機会や成果を得ようとするようになったのはいつからなのだろう。ぼんやりとしたホットドッグの味を思い出しながら、私はAの着ているコートが去年彼の家に忘れてきたものだという確信を深めていった。
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