2-29の話

大好きな曲で気持ちよく目が覚めたい_そういった思いは多くのひとが持っているらしいが、実際のところ朝に弱く寝起きはジッとしていたいと思うような人にとってそれは有効ではないと聞いた。面倒で避けたい気持ちが曲の印象を塗り替え、日常生活であまり聞きたくない曲になってしまうという。そう語ったXは、逆の試みとして自身が嫌いなアーティストの曲を目覚ましのアラームに設定し、怒りを利用して起床していると語った。結果を言うと、そのアーティストへの憎しみが強まっただけだったそうだ。

その日は1日、雨が降ったり止んだり落ち着かない天気だった。Xは珍しく自宅に私を招き入れ、新しく買ったソファをお披露目してくれた。オレンジ色のレザーはどこかの何とかというブランドものらしい。色も相まって部屋の占有率が高く、トレイに載せたフランスパンのように部屋を分断していた。あまりにも大きいせいで、クレーンを使って入れたそうだ。

「でかいでしょ。でかいよね。」Xの笑顔の先に後悔がにじんで見える。

おまけにオットマンも買ったせいで、かつてそこにあったリビング用のローテーブルを他の部屋に移していた。Xは良い品の目利きは抜群にうまいが、買い物自体は下手くそだった。

「めちゃくちゃいいじゃん。最高」私はXからの問いかけを回避し、その座り心地の良さを褒めた。Xがその意図を汲んだのかわからなかったが、実際に素晴らしい座り心地だったのだ。オットマンは完全に蛇足だった。

「これに座りながらもの食べたら最高だろうね」私がそう続けていうとXは胸を反らせ、自慢のソファに身を深く沈めた。視線の先にあるTVがあと2回り大きければきっと最高のカウチポテトになるだろう。

宅配ピザが届いたのは15時を回る頃だった。ソファで食べる提案は却下され、前に来た時よりガスコンロの方へ追いやられたキッチンテーブルで立ちながら食べた。テーブルの上は畳まれた服やダイレクトメールで占拠されていた。対になっていた4脚の椅子はマンションの共用部に転属となったらしい。

管理人から処分するよう張り紙がされていたが、結局姿見の横の一時的なカバン置きとなったり、エレベーター横に置かれたりと建物の方々に使い道が決まっていったという。1脚くらいなら欲しかったと伝えるとXは短く笑った。

「やっぱりでかいよ」烏龍茶を飲みながらXは誰に言うでもなくつぶやいた。私はXが好きなプルコギピザを一切れとり、そっとXに差し出した。キッチンテーブルに寄りかかりながら眺めるソファは寝そべったカバにも見えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?