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『月』はまだ観ていないけど、NHKのドキュメントは見た

2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件。優生思想を暴走させたこの事件をモチーフに、映画『月』が作られた。私はまだ観ていない。しかし以前、NHKスペシャルで放送されたドキュメンタリーは見た。
そのドキュメンタリーがひどい出来だったので思い出せる範囲で記してみようと思う。

番組の大まかの作りとしてはこんな感じ。
社会学者がナビゲートする。被害にあったものの命からがら生き残った三人をフォーカスする。途中、途中で作家やら映画監督やらのインタビューが入る。
うろ覚えだがこんな感じ。

さあ、細かく踏み込んでみよう。
まず番組のナビゲーター? らしき男性社会学者が出てきて、犯人(名前すら書きたくない)と接見しに行く。この社会学者には障害を持つ娘がいる。
おそらく番組はこの社会学者を軸に進めて、この社会学者の目から見た「障害者」とか「命」とか「人間」について考えていきたかったのだと思う。
しかしこの社会学者があまりにも空っぽなので、早々に番組は彼を見放す。冒頭に登場してからほとんど出番はない。
彼が犯人と接見できたかどうかすら覚えていない。犯人が自己を正当化する文章をしたためた手紙をもらったのかどうか、そんな感じだった。

そして被害者男性が実名顔出しで登場する。つまり生き残った人。
彼は別の施設に移って毎週末に両親と会うことになっている。くだんの施設にいたときは、ほとんど会っていなかったらしい。
さて画面では、被害者男性と彼の両親が食事をしている。
スタッフが訊く。
「おいしいですか?」
男性は満面の笑みを浮かべて答える。
「おいしい」
ここで両親が大喜び。こんな笑顔を見せたのは初めてだとか何とか。さすがに生まれて初めてではなく事件以来初めてだとは思うが、撮影でちょっと現れたスタッフに対して笑顔を見せているのに、この両親に見せたことはなかったようだ。
私は両親による息子への接し方に疑問を持った。事件以来頻繁に会うようになったのに笑顔を初めて見たなんて、信じられない。

そして別の男性被害者に切り替わる。
事件後、別施設に預けられた男性被害者が、お風呂に入ろうとして、やっぱり入らない。やっぱり入ろうとして、入らない。こんな欽ちゃんみたいなコント的やり取りを施設スタッフと楽しそうにしている。しかし両親、あるいは家族は顔を出さない。
私は何か彼を突き放している家族たちの姿を思い描いてしまった。

次は女性被害者に触れる。
彼女も別施設に預けられている。彼女の場合は母親が実名顔出しで登場する。しかし女性と母親が一緒にいるシーンは最後までなかった。そして母親は言う。
「やっぱり社会に迷惑をかけて生きているんじゃないかと思う(大意)」
これはもう、娘を厄介者として扱っているのだと感じた。

で、ちょこちょこ差し込まれる作家やら映画監督やらのインタビュー。
私は森達也氏しか覚えていないが、彼はこんなことを言うのだ。
「命は大切。何があっても奪ってはならない(大意)」
バカなんじゃないかと思った。そんなこと当たり前だろ。
健常者が持つ障害者への目線や立ち位置、家族が障害のある我が子に向ける目線や立ち位置、そして障害者からの目線や立ち位置を通して、「障害」とか「命」とか「人間」を考えたいんだよ。そして、どうして障害者が存在しなければならないのか、なぜ社会は障害者を必要としているのかを説かなければならないんだよ、よ、よ!

障害を持った方々が安心して生きられる社会は、セーフティネットが整っている社会だ。今、健常者として生きている人もいつ障害者という弱者(こんな書き方してごめんね)になるか分からない。障害者になっても安心して生きていける社会を整えているからこそ、我々は日常を生きられるんだ。これは障害者のためでもあるが、健常者のためでもある。ひいては未来の子供たちのためでもあるわけだ。

それを森達也は何だ? 何が「命は大切だ」だ。誰でも言えることをわざわざ有料チャンネルNHKを使って……本当、森達也ってドキュメンタリー映像は抜群だけど、喋るとまるでダメ。何なら森達也のコメントを集めてみたくなる。当たり前のことを言うだけだからつまらないコメント集になること必至だけどね。森達也は映像の世界から出てこない方がいい。ドキュメンタリーから出てこないほうがいい。劇映画を撮らない方がいい。
関東大震災における虐殺なんて撮れば、それなりに評価されるだろう。どこの誰が、虐殺をモチーフにした劇映画を批判できるだろうか? 
歴代最低視聴率を叩き出した大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で「デマによる朝鮮人虐殺」を匂わせただけで評判を呼んだこの国で、『福田村事件』はまともな論評を受けられるだろうか? タブーに切り込む雰囲気が出れば出るほど、勝ち確定の映画、それが『福田村事件』だ。虐殺の商業利用にすら思えてくる。
という悪口が聞こえてきそうだけれど、私はそんなこと決して言わない。彼は素晴らしいと思う。コメントはダメだけど。

ちなみに私は『いだてん〜東京オリムピック噺〜』は大好きで、歴代最高クオリティの大河ドラマだと思っている。

さて、くだんのNHKスペシャルに戻ろう。
番組の作りはそうなってなかったんだ。「障害者とは親でも持て余す存在だ」という作りになっていたんだ。ようするに、失敗作だ。まあ、今後は頑張って作品を作ってねとしか言いようがない。

さらに付言さえてもらおう。
冒頭の社会学者がとあるYouTubeに出ていた。どこぞの新聞社のチャンネルだったと思う。
彼が障害を持つ娘に薬をあげる場面が映る。しかし何と、彼はどの薬を飲ませるのか分からないのだ。周囲に「これ、これ、この薬」と言われる。
つまり、彼はカメラが入って初めて薬を飲ませたということが分かる。今まで飲ませたことなんてなかったんだ。世話をしたことなんてなかったんだ。こんな何気ない一場面からですら、障害を持つ娘を日頃どういう風に扱っているかが垣間見えた。
そりゃNHKスペシャルの冒頭にチョコっと出ただけで、見放されるわ。


このドキュメンタリーの功績は、実名顔出しをしてもらったことと、くだんの社会学者を早々に退場させたことだな。あと、森達也は喋ると本当にダメだということを再確認できたことか。