あらきさんの編集覚え書き

修行中の人文書編集者です。海外文学シリーズを準備中。出版にかかわるいろいろな立場の人が…

あらきさんの編集覚え書き

修行中の人文書編集者です。海外文学シリーズを準備中。出版にかかわるいろいろな立場の人がお互いの仕事を理解し、風通しがよくなるように、という思いで書いています。自分でもはっきり分かっていなかったことをまとめていますので、間違いやご指摘があれば優しく教えください。

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(人文書の)編集者は何をしているのか  ——1冊の本ができるまで

出版というのはどんくさいもので、1冊の本ができるまでに、どんなに早くても3ヶ月くらいはかかります。学術書であれば10年とか、それ以上の年数が掛かるということも珍しくなく、たとえば昨年末に上梓された安藤宏『太宰治論』(東京大学出版会)は、安藤先生のライフワークである太宰治研究の集大成といえるものですが、あとがきには「当初の刊行予定から二〇年以上も遅れてしまった」と書いてあります。本ができるまでは長い道のりで、関わってくる人も著者と編集者だけでなく、デザイナー、イラストレーター、

    • 【編集後記】ツェリン・ヤンキー『花と夢』星泉訳 〈アジア文芸ライブラリー〉

      シリーズ〈アジア文芸ライブラリー〉の最初の一冊として、ツェリン・ヤンキー『花と夢』(星泉訳)が4月18日に発売されました。担当編集者として、本作の企画の経緯や魅力を書き残しておきたいとおもいます。 『花と夢』について 舞台は00年代のラサ。ナイトクラブでセックスワーカーとして働く4人の女性たちを主人公に、それぞれの人生と共同生活を描いたシスターフッドの物語です。急速な都市化、農村の困窮や、伝統的な性別役割分業や家父長制、ミソジニー、性暴力、などを背景にそれぞれが事情を抱え

      • #アジア文芸ライブラリー ができるまで

        〈アジア文芸ライブラリー〉という、海外文学の新たなシリーズを立ち上げます。アジアの同時代の文学作品を翻訳して、書籍と電子書籍で出版するシリーズです。わたくしがシリーズの企画立ち上げから、ほぼすべての作品の編集を担当しております。勤務先である春秋社より、2024年4月より刊行されます。 3月中旬に発表があってから、SNSでは多くの反応をいただきました。これまでも多くの出版社から、アジアの現代文学は数多く出版されてきましたし、ここへきてわざわざシリーズとして立ち上げることに、意

        • 【編集後記】内山田康『美しい顔 出会いと至高性をめぐる思想と人類学の旅』

          今月(2024年2月)に発売される、内山田康『美しい顔 出会いと至高性をめぐる思想と人類学の旅』の編集を担当いたしました。 もともと福島の『日々の新聞』で内山田さんが連載されていたものに、加筆修正を加えて書籍化しました。著者の内山田さんが連絡と取ってくださったことからはじまって、最初は難解でよく分からないなあ、どうしようかなあ、などと思いながら原稿を読んでいたのですが、100頁を超えたあたりから俄然面白くなってきて、これは是非とも本にしたい!と思って企画を通しました。 簡

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        (人文書の)編集者は何をしているのか  ——1冊の本ができるまで

          高卒フリーターの「僕」が一流商社の支社長代行として軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した話

          仕事で石川コフィさんの『筋肉坊主のアフリカ仏教化計画——そして、まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間の話』という本をお手伝いしました。 この本は副題にあるとおり、著者の石川さんがひょんなことから某一流商社の支社長代理(社内では支社長代理の扱いだが、厳密には現地採用の契約社員)として軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間のことをまとめた回想録です。内容は(多少の表現の誇張は含むかもしれません

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          あの記号やあのアクセント記号を入力する方法(mac編)

          àとかÉとかüのようなアクセント記号のついた文字や、¿や« ギュメ »のような記号類をmacのJISキーボードで入力する方法をまとまておこうと思います。 A. 基本編まずはmacの文字入力に備わっているいくつかの機能をご紹介しておきます。以下の3つをおさえておけば、文字・記号の入力で困ることはほとんどないのではないかと思います。 ① アクセントメニュー 欧文のアクセント記号を入力する場合に最も簡単なのがアクセントメニューを表示するという方法。たとえばキーボードの「A」を

          あの記号やあのアクセント記号を入力する方法(mac編)

          自己紹介

          あらきともうします。春秋社という出版社で人文書(ときどき文芸)の編集をしております。似たような名前の出版社が他にもいくつかありますが、週刊誌でスクープを飛ばしているところではありません。 経歴 平成生まれです。都立戸山高校を中退した後、無職やフリーターをして、専門学校で鍼灸師の国家資格を取得しました。 なぜか専門学校卒業前に突然、大学進学を決意。国際基督教大学で文化人類学と歴史学を専攻、一橋大学大学院社会学研究科で社会政策学(といってもやってたことは宗教社会学寄り)を専

          論文に「本稿」「拙稿」は使っていいのか問題

          「稿」とは未完成の文章という意味合いがあるので、論文に「本稿では〜」と書いたり、既発表の論文を「拙稿」と書くのは適切じゃないのではないか、という趣旨のツイートをして、ちょっとした議論を巻き起こしてしまいました。 まず、言葉の使い方というのは一義的に正しい/間違いと決められるものじゃなくて、状況や媒体、文脈、使い手の個性、など様々な要素で決まるものだと思っています。 言葉の使い方の「正しさ」にはさまざまな基準があって、何が正しいと客観的に決められるものではありませんが、その

          論文に「本稿」「拙稿」は使っていいのか問題

          洋書に印刷された数列「1 3 5 7 9 10 8 6 4 2」の謎

          洋書の著作権表示のあるページに、以下のような謎の数列を見たことがないでしょうか。 場合によっては「1 2 3 4 5 6 7 8 9 10」という順だったり、 「1 3 5 7 9 10 8 6 4 2」という不思議な順番だったりします。 これはPrinter's Keyとかnumber lineとか呼ばれるもので、数列のなかにある最小の数値がその本の「刷」を表します。つまりその本が、何回目に増刷(重版)されたものであるかを示しています。たとえば、 と書かれていれば、そ

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          新連載「文字の渚」(岩切正一郎)によせて——担当編集者より

          フランス文学者・詩人・戯曲翻訳家であり、わたしの母校・国際基督教大学(ICU)の学長である岩切正一郎先生による連載「文字の渚」が春秋社のウェブマガジン「web春秋 はるとあき」で始まりました。わたしが編集を担当しています。 * * * まずはどうしてこの企画に至ったのかを書いてみます。 わたしはあまり本を読む子どもではありませんでした。本格的に読書をするようになったのは、中学生の頃、それも受験に忙しくなったころだと記憶しています。進路とか世間とか人生とかいうものを考える

          新連載「文字の渚」(岩切正一郎)によせて——担当編集者より

          見やすい校正記号とは? 著者校のときに注意してほしいこと② (暫定版)

          前回は著者校・訳者校のときに知っておいていただきたいことをまとめておきました。 今回はその続編です。著者校のときに用いる「校正記号」の使い方について気を付けていただきたいことをまとめておきたいと思います。前回書いた通り、ゲラに入れた朱字を人の目で見て、人の手で修正していく訳ですから、読みやすい方が修正する人には優しいですし、ミスや事故も起こりづらくなります。では読みやすい・分かりやすい朱字ってどんなものなのでしょうか……。そのすべてをお伝えすることは難しいと思いますが、押さ

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          著者校・訳者校のときに知っておいてほしいこと、注意してほしいこと (暫定版)

          ここでは、著者校・訳者校(以下、すべて「著者校」としておきます)でゲラに朱字を入れるときに知っておいてほしいこと、気に留めておいてほしいことをまとめておきたいと思います。なお、わたしはわりと小さい出版社の専門書や学術書(ときどき文芸)の編集者ですので、それ以外のジャンルの書籍ではやり方や呼び方が異なるかもしれませんのでご注意ください。また、紙のゲラでのやりとりを前提にしています(うちはアナログなので……)。 本を出すとき、編集者に原稿を渡したら、しばらくしてゲラが送られてき

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          翻訳書ができるまで② 翻訳出版の契約と編集、そして読者のもとに届くまで

          さて、前回にひきつづき、翻訳書ができるまでにどういう仕事を出版社の編集者が行っているのかを、ご紹介します。翻訳書以外の本(主に人文書)ができるまでは、先日ご紹介しました。 また、前提知識として「版権エージェント」「出版エージェント」という仕事があることを、前回ご紹介したので、未読の方はまずこちらをお読み下さい。 翻訳書ができるまでのおおまかな流れは、翻訳以外の本と大きく変わるわけではありません。ただし、版権(翻訳権)の取得という手続きが含まれることに大きな違いがあり、その

          翻訳書ができるまで② 翻訳出版の契約と編集、そして読者のもとに届くまで

          翻訳書ができるまで① 版権エージェントという仕事

          先日、1冊の本ができるまでの過程を、おもに人文ジャンルの本に注目してご紹介しました。意外なまでにたくさんの人に読んでいただいて光栄です。みなさん書籍編集の裏側に関心があるようで、嬉しいかぎりです。 このなかで翻訳書についてはまた改めて書きましょうと書きました。期待の声もあったので、翻訳書のできるまでを解説しようと思ったのですが、そのためにはまず「版権エージェント」「著作権エージェント」などと呼ばれる仕事について説明する必要がありそうだと気付きました。業界では単に「エージェン

          翻訳書ができるまで① 版権エージェントという仕事

          その本、絶版じゃないんです…… ——「絶版」と「品切れ」のちがい

          読書がお好きな方なら、昔に出た欲しい本が手に入らなくて困った経験は一度や二度ではないかと思います。図書館にあっても手元に置いておきたい、研究のために必要などの理由で探しても、ネット上では高額で取引されている、なんてこともよくあります。 そういう新品では手に入らない本のことを、俗に「絶版」ということがあります。しかし厳密にいうと、出版社にとってその多くは「絶版」ではありません。ではなにかというと、「品切」あるいは「品切重版未定」であることが多いのです。出版社では絶版と品切は非

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          ジャン゠リュック・ゴダールはジャン=リュック・ゴダールではない? 二重線の約物の使い方

          先日の記事では、ハイフンやマイナスやダッシュなど、紛らわしい横棒の約物の使い方をまとめました。約物(やくもの)とは句読点や記号・符号の類のことです。 上でもすこし触れましたが、二重の横線にもいくつか種類があります。これはハイフンとダッシュのように厳密な使い方が定められている訳ではありません。まずはどんな約物があるのか、ざっと書き出してみたいと思います。 さまざまな二重線の約物=全角等号(イコール) U+FF1D 数学記号のイコール。数式で左右が等しいことを示すために使わ

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