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【編集後記】内山田康『美しい顔 出会いと至高性をめぐる思想と人類学の旅』

今月(2024年2月)に発売される、内山田康『美しい顔 出会いと至高性をめぐる思想と人類学の旅』の編集を担当いたしました。

できたてほやほやの見本

もともと福島の『日々の新聞』で内山田さんが連載されていたものに、加筆修正を加えて書籍化しました。著者の内山田さんが連絡と取ってくださったことからはじまって、最初は難解でよく分からないなあ、どうしようかなあ、などと思いながら原稿を読んでいたのですが、100頁を超えたあたりから俄然面白くなってきて、これは是非とも本にしたい!と思って企画を通しました。

簡単に内容を紹介するのも憚られるような、入れ子状の複雑な文章から成り立っているのですが、全体は仏領ポリネシアを舞台としたエスノグラフィーです。本国から遠く離れた海外領土で核実験のために使い捨てにされた地が、本書で描かれるフィールド。核開発に潜む狡猾で強大な権力の仕掛けを描き出します。それはパリや本国ではできない核実験をポリネシアで行ったフランスだけではなく、日本をふくむ世界中の核開発・原子力開発の地で起きていることです。力強いエピローグをお読みいただければ、なにを問題にしているのかが分かるでしょう。そして本書の第1章は、戦前の帝国日本の、南洋との出会いを、中島敦や土方久功などのテクストから始まるのです。

第二次大戦を生き延びることのできなかったベンヤミンの(非常事態が日常になるという)問題提起や、ヴェイユの(暴力の被害者が抑圧者になるという)革命への懐疑、そのほかにもレヴィ゠ストロースやアーレントなどを経由するのですが、現地の日常を生きる人びとをそれらの思想家とおなじ水準で登場させ、近代と深く結びついた問題を独特な文体で論じてゆきます。

難解で取っつきづらい文章ですが、その螺旋状の論考によって、直線的な西洋の思考方式では捉えられない入れ子状の複雑な問題を解きほぐしてゆく。最初は森に迷い込んだようになにを言っているのかよく分からないのですが、辛抱強く読んでいくと、急に視界が開けたように、内山田さんと一緒にポリネシアを旅している気分になれると思います。

現代思想や文化人類学の素養がなくても大丈夫。もし不安がある方は、末尾「〈付記〉この本に登場する哲学者たちと人類学者たちについて」からお読みいただくのがよいかもしれません。

著者の内山田康(うちやまだ・やすし)さんは現在筑波大学名誉教授の文化人類学者で、研究テーマは、南インドの不可触民の宗教と政治、芸術の人類学、国家、モダニティ、マージナリティ。

どういうご縁か、内山田さんは国際基督教大学(ICU)で哲学を専攻して卒業し、わたしはおなじICUで文化人類学(と歴史学)を専攻しました。そんなわけで、メールやゲラのやりとりのなかでお互いの来歴や、学生時代の思い出を語ったりしながら仕事をするのは楽しかった。内山田さんと私は年代も大きく違うのだけど、あの三鷹の森のキャンパスで学んだことは自分の人生の指針としていまも生きているのだなあ、と思いました。

装釘は佐野裕哉さん、イラストは黒田征太郞さんです。

内山田康『美しい顔 出会いと至高性をめぐる思想と人類学の旅』は、2月19日頃(都市部の大型書店ではもうちょっと早く)から書店で買えるようになります。どうぞよろしくお願いします。


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