マガジンのカバー画像

「コラムの手前のざっとした文」或いは「小説未満」

46
「私」を題材とした創作です。
運営しているクリエイター

#コラム

夏の夜の灯り

夏の夜の灯り

夜の浅いころ軒先にヤモリが来訪した。

物言わぬやつであるが、狩場が必要なのであろうと思い、玄関の灯りをつけたままにしていた。

その日は締切が近く夜通し仕事をしていた。ヤモリは私が通る度に軒先の屋根の隙間に素早く隠れるので、私がお前の狩場の灯りをつけてやったんだぞ、と逃げ込んだ隙間を見上げて恩着せがましく言ってみるが、先の丸い愛らしい指先だけがチラリと見えるだけであった。

次に見たときは隙間か

もっとみる
金縛りと、にゃあにゃあにゃあ

金縛りと、にゃあにゃあにゃあ

17歳の頃に始まった金縛りは未だに続いている。

当時は思春期病のようなものかと思っていたが、加齢しても収まらないので不思議に思い調べれば、レム睡眠の筋肉弛緩中に意識だけが目覚める睡眠麻痺によるもので、金縛り中に起きている出来事は夢だと判明しているらしい。思春期病どころか、睡眠の取り方に問題のある生活習慣病に近いのであった。

青春をほどほどに運動に捧げ、根が体育会系になってしまったのか、不意に根

もっとみる
乗り物と私①

乗り物と私①

以前、映像で見たチベットの鳥葬場は、摺り鉢状の格好をしていた。解体した遺体を置くと集まってきた鳥が群がって食べ、残った骨がガラガラとすり鉢の中心部分に自然に集まっていくという為の形だったと思う。

鳥はヒッチコック の映画のように黒いシルエットとなり、葬儀場の周りをグルリと囲んでいた。(映像を見たのは昔なので私が勝手に追加してイメージしたのかもしれない。)

効率の良い形式ができているということは

もっとみる
悦にいる

悦にいる

帰宅したら、庭の門が壊れていた。開き切ったまま閉じない。

仕方がないので身体中の空気を抜くと、案外簡単にペラペラに薄くなった。

ペラペラの身体を壁に沿わせて横向きになると、門と壁のわずかな隙間を通り抜けることができた。嬉しくなって薄い足をパタパタと動かしてペランペランと歩きながら我が家に侵入すれば遠くで知らない犬が吠えている。そう、あれは私宛の鳴き声ではない。全世界が自分宛と錯覚するとろくなこ

もっとみる
ゆるめる

ゆるめる

遠くで誰かが笛を吹いている。

その鳥の鳴き声はいつも、低い山の方から聞こえてくる。低い山から途切れ途切れの風に乗って、少し離れた家の中迄、心細気に、切実に、漸くと言った様子で、こちらに届く。

鳴き声は、するりと耳の穴に入ると頭の中で響きわたる。

今夜はひどく耳障りに感じる。

私は一人、灯りもつけず、佇んでいる。

三月の寒波の再来は頭痛の再来だった。

痛みは感覚を過敏にする。蛍光灯は目が

もっとみる
線を引く

線を引く

年季が入れば医療費がかさむ。

病院に行くにつれ、医学的(生物学的)に私に性別がついていることは、治療の話に道筋が出来て便利だと思う。暮らしの中で、性別の方に私がついている時は厄介が多いがそれも便利のうちなのかもしれない。

示す前に程よく分類されないと(分類されていないという分類を含めて)周りは飲み込みにくく、正体らしきものがハッキリするまでは、遠くまで行き渡らないようである。そうではない何かが

もっとみる
覆面頭痛座談会

覆面頭痛座談会

馬力と無理の効かない持病は厄介である。

例えば片頭痛、完治はないのに生活の質は著しく下がる。痛みが増長していくときはひどく絶望的である。その後、頼りの偏頭痛用頓服薬も効かず、とうとう痛みがピークに達したとき絶望を通り越してこう思う。ああ、昨日は痛くなかったのだ。大体の事は起こってから初めて気づく、それが起きていなかったことに。

片頭痛は9歳頃からの付き合いなので対処の手はいくつかもっている。言

もっとみる
米を炊く

米を炊く

朝起きるといつもと違う。

額から上は雲に覆われていて、肩には小さな悪魔が乗っている。背中は始終風が通り抜けている。

人に言えば、毎日夜更かししてるからでしょうと言われ、思い当たる節があるので、確かに、などと口ごもり平素のように暮らしていた。

平素のように装いながらも、あまりに動作が緩慢なので、おかしいと思い、薄暗いうちに米を炊いて寝てしまうことにした。

何かが普段と違う時、必ず米を炊く。

もっとみる
わたし的そうじぜん

わたし的そうじぜん

庭掃除をする。 

何も考えず、行えば行った様になる。
あらゆる出来事が遠ざかって、正確に一人きりになっていく。

手入れの行き届かない庭なので、その度に大層になる。硬い竹箒で外側から履くと、驚く程の量の枯葉が集まる。夢中で葉を集めていると真っ赤な南天の実が突然目の前で揺れる。どうしても引き抜けない草の根を掘り起こすと、まるで水に映った世界がそのまま奥にあるように、地上と変わらず根が伸び続けている

もっとみる
その後の「さんまんえん」

その後の「さんまんえん」

三万円の枕が欲しい。頭がスースーしてよく眠れるらしい。

私の枕は相変わらず、ぺちゃんこである。
ぺちゃんこな枕を選ぶのは、身体の形が平だからだ。

ふっくらとした枕は西洋人のような曲を持ち合わせているからこそ、身体に合うのである。

とはいえ、布団の上に転がっているそれがあまりに不憫なので、
先日、食料品の買出しのついでスーパーの二階の洋品店で新しい蕎麦殻の枕を購入した。

買ったなりの状態では

もっとみる
さよなら仮想世界

さよなら仮想世界

昔、映画ジョーカーを見たときに、まさかあのまま終わるとは思わなくてラストのシーンに驚いた。正直そのままじゃないかと思った。

では私は何を期待していたのだろう?

ジョーカーが突然コメディアンとしての才能を開花させて社会的な成功を得ること?

狂気に向かう心を軌道修正して且つ現実を受け入れて犯罪を犯さずに今まで通り生きること?

それともドラマティックな出会いによるハッピーエンド?

否。私は何も

もっとみる
秋のミイラ

秋のミイラ

雨上がり頭痛治る。

乾いた陽射しが廊下の無垢板を照らし、くっきりと影をつくるので、廊下で寝転がる私も日向と日影でまだらになっている。

体を動かさず静かにしていると、少しずつ体温が下がって日が暮れていく。

体温調節が楽な秋は、家中どこでも眠れるので、普段使わない二階のベッドで横になり、廊下に布団を引っ張り出しては眠り、台所にマットレスを持ち込んでは、転がる。

じっと横になっていると自分の体温

もっとみる
ラーメン屋台

ラーメン屋台

「いややったら食べなはれ。ひもじい寒いもう死にたい不幸はこの順番に来ますのや。」の言は、『じゃりんこチエ』から。

衣食住足る上での悩みは、私の場合は、食べて風呂に入って冷める前に布団に入り目を瞑れば済むが、衝動に駆られて夜の酒場へ出掛けていってしまうのは、有り余る体力があるから…。

酒を飲み、炭水化物をとりたくなり、最終的には屋台の豚骨ラーメン、始発を待ちながら24時間営業の喫茶店、又は無意味

もっとみる
かりんとう

かりんとう

かりんとうを口に放りボリボリと噛み砕く。

骨に響き耳の後ろで音がする。その後、熱い茶を飲めば舌が痺れ脳が甘くなる。

湯呑を洗い裏返して夕寝する。

夕寝は廊下に布団を引っ張ってきて敷き、庭の見える窓のそばで転がっているのが良い。

そのうちに日が暮れどこもかしこも薄暗く全身一色になっている。

重たくなった頭を持ち上げ、台所に戻る。

台所で裏返され乾いた湯呑に水を入れる。一気に飲み干した後、

もっとみる