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私が先生だった時、身に付けたこと。
自分が幼稚園教諭だった時に、全力で身に付けたこと。それを忘れたくないと唐突に思った。七年間で心を削りながら身に付けた、子供との接し方。目指すべき方向。
1.この活動をする目的は?日々頭に描き、プランニングする幼稚園の日案、週案、月案、年間計画。来週はどんなことしようかな、去年の今頃はこんなことしてたな。でも今の子供たちに合うかな?そして、その活動は何のためにするのかな?そんなことを考える。素敵な
著作権切れの合唱作品探し。
1.「著作権切れ」の合唱作品の探し方著作権切れの作品を、「パブリックドメイン」と呼ぶらしい。そんなところからスタートしました。わけあって、三人で歌える著作権切れの合唱作品を探し始めたんです。著作権というものすらよくわかってなかったのですが、「 著作権切れ 合唱 」で検索し始めたら思った以上に奥が深かった。これはその記録。まず見つけたのはこんなページ。
●著作権切れの曲の楽譜をダウンロードできるサ
タピオラ合唱団とコルテカンガスと間宮芳生とそれから、の話。
フィンランドのちょっと特殊な児童合唱団「タピオラ合唱団」とフィンランドのコルテカンガスという作曲家と、日本の間宮芳生という作曲家について、感動したこと。
【感動ポイント1:タピオラ合唱団と私】卒業論文は「タピオラ合唱団の音楽教育と日本の音楽教育の比較」について書いた。と思う。正直タピオラ合唱団について調べて終わった感もある。その途中である指揮者の先生から「世界をつなぐ歌の橋」という本をもいただ
さよなら東京、の話。
新型ウイルスで大騒ぎの最中、四年間住んだ東京を離れる際にすっからかんの新幹線で打った話。
今まさに東京を発っている。東京人としての私が終わろうとしている。東京にもう帰るところはない。本来は4月の末に地元に帰るつもりだった。しかし、4月に予定されていたほぼ全てのイベントが中止になり、家賃を払いながら家に閉じこもり続ける意味のなさを思い予定を早めて帰ることにした。職場での送別会も中止になった。同
令和二年の春今思うことの話。
新型ウイルスで大騒ぎの令和二年春、引越しの準備をしながら今の気持ちを打った話。残しておこうと思う。渦中の気持ちというのは後で読んでも興味深いはず。
私はテレビをもたずに生活している。ラジオで時折聴くニュース、スマホに届くデジタル新聞の記事を情報の頼りとしている。それくらいがちょうどいい。
二月末に、三月末に予定されていた本番3本がキャンセルとなったことに端を発し、日常はガラガラと崩れた。職
Halleluja, vår strid er endt (I denne sote juletid) ハレルヤ 翻訳 日本語訳 Ørjan Matre
Author of the text: Hans Adolph Bronson
Halleluja, vår strid er endt (I denne sote juletid)
En liten sønn av Davids rot,
som og er Gud tillike.
For våre synders skyld forlot
sitt høie himmerike.
高校生の頃みた夢の話。
高校生の頃、こんな夢をみた。
夢の中で長いこと過ごした。
友達もできて、喧嘩もしたりして、毎日遊んだり勉強したりしながら楽しく過ごした。
ある日、橋にみんなで集まった。鐘が鳴った。静かに鐘のなる音を聴いた後、ほどなくしてみんなが何事もなかったかのように笑いながら駆けだした。
わたしのことは見えていないようだった。
ひとりの男の人を残してその場には誰もいなくなった。呆然とひとり立ち尽くすわたしに
Angyalok és pásztorok 天使と羊飼い 翻訳 日本語訳 Kodály Zoltán
Angyalok és pásztorok 天使と羊飼い(1935)
ハンガリーの作曲家コダーイ・ゾルターンによる女声合唱のためのクリスマスソング。天使と羊飼いによる聖夜の一幕が描かれている。冒頭はラテン語の天使の歌声に始まり、ハンガリー語とその民俗的なメロディー、そして天使と羊飼いの対話によって物語が進められていく。天使たちに導かれながらイエスの誕生を喜び、空に浮かぶ星を希望の光として追い求める
ぼろいちミラクルの話。
朝ごはんは昨日いただいたパンケーキミックスとジャムで。
フィンランドの紅茶はなぜか今日はpsycheで飲みたい気分だった。
ひと仕事終えて、今日のメインイベント『ボロ市』へ。
バス間違えて反対方向の終点まで行って、もう一度乗ってまた終点まで行ってなんとか辿り着いた。
入り口のところで骨董アクセサリーやマニキュアや、綺麗なものをたくさん見てたら、お店のお姉さんが仰った。
「古いものか新しいも
Finlandia フィンランディア 翻訳
フィンランド国家
1
Oi Suomi, katso, sinun päiväs koittaa,
yön uhka karkoitettu on jo pois,
ja aamun kiuru kirkkaudessa soittaa
kuin itse taivahan kansi sois.
Yön vallat aamun valkeus jo voittaa,
時間とお金とスペースの話。
実家を出るまで時間とお金とスペースの節約について真面目に考えたことなんてなかった。
家事なんてしなくても全てが回っていたから、小手先でやりくりしなければならないのは自分のやりたいことをするための時間だけだったし、お金に困ったら(というよりもとより困らない)助けてくれるひとはいつもそばにいて、家は3階建でどこにでもとりあえずの物を置けるスペースはあって、断捨離を迫られることもなかった。
それが、
保育の上で大切にしてることの話。
保育の場面で、私が大切にしてること。
先月受けた研修で、100年続く保育、という内容を聞いた。
ああ、4年前、社会人一年目の私が思っていたことだ、って。思い出して嬉しかった。
私は私の理念が通じる場所にやっと辿り着いたんだ、って、本当に嬉しかった。
わたしの代わりに、神様の愛が子供達を守ってくれるんだ。