令和二年の春今思うことの話。

 新型ウイルスで大騒ぎの令和二年春、引越しの準備をしながら今の気持ちを打った話。残しておこうと思う。渦中の気持ちというのは後で読んでも興味深いはず。

 私はテレビをもたずに生活している。ラジオで時折聴くニュース、スマホに届くデジタル新聞の記事を情報の頼りとしている。それくらいがちょうどいい。
 二月末に、三月末に予定されていた本番3本がキャンセルとなったことに端を発し、日常はガラガラと崩れた。職場は教育機関だった。春休みを前倒しする形で園閉鎖となった。子供のいない場所でひたすら事務作業。いつも通りバスで出勤する場合は時差通勤。それか片道1時間かけての自転車通勤を余儀なくされる。しかし悪いことばかりではなかった。自転車で通ううち、美しい景色にも気付いた。思わず自転車を停めて花を眺めることもあった。行ったことのないカフェにも行った。平日の午前という、あまり日常で見ることのない世界を垣間見たような気がした。事務作業も嫌いではなかった。しかし、子供にこのまま会わずに退職することを思うと少し視界が滲むこともあった。会議は数日おきに行われた。一日、子供に会えることになった。嬉しかった。何度も頭の中でシミュレーションし、一言一句、伝えたかったこと漏らさぬよう、見たかったこと見落とさぬよう、一緒にやりたかったことやり残さぬよう、精一杯の時間を過ごした。帰りながら子供が言った。「またアイス作ろうね」涙が、止まらなかった。お母様方がたくさん泣いていた。卒園式も、胸がいっぱいだった。
春休み、作業を変わらず続けた。今年度の仕舞いと、退職の準備。毎日気忙しいような、時間にゆとりがあるような、そんなただでさえ非日常的な日々。それに加えて、不安定な情勢。蝕まれる余裕。街を歩くと感じる、人々が殺気立っている空気。買い占め、行列。マスクという言葉は、何か違う概念を兼ね備えた気がする。
 私の感覚は私がコントロールする。その意思で毎日歩むしかなかった。
 合唱界には別の動きが現れた。コンサート配信に加え、バーチャルクワイアや、zoom練習、複数人での多重録音。興味深い。画面の中と話したり歌ったり。とても楽しい気がした。
 Stay at Home。これは合言葉のようにSNSに溢れていた。私は、二日後に大切なピアノを手放すことになっていた。最後に思い切り弾こう。そう思ってピアノを弾いている録画を撮ることにした。納得のいくものが撮れず何度もトライしてそれはいつの間にかもの凄い時間を割いていた。良い練習になるわこりゃ。録音、録画の意外な利点。やり直せるからやり直す。
 引越しは二週間後。ゴミの日をチェックして、出せるものをありとあらゆるものを集めて整理している。たくさんの協力者が、家具家電を回収してくれることになった。養護施設を卒業した子供たちのところに行ったり、英語の先生のところに行ったり、幼稚園教諭を目指す子のところに行ったり。ありがたい話である。
 頑張らないと。誰かに何かに精神的に頼るような時間があったら、その注意を自分に向けて、やるべきことを見つけてさばいていかないと。足をすくわれてしまう。自分に。 2020/3/31

 4月末に広島に帰る予定だったがチェンジ。4月中旬に帰ることにした。幼稚園で羽化した蛾の近況を知らせてくれる同僚の方、電話をくれる家族、夜に観る海外の合唱団のLIVE。全部力にして前に進む。 2020/4/2

 三月二十八日の朝、花粉症の薬を貰いに行って先生に「もう引っ越すんです」と言ったら凄く驚かれて「えー、そうなの、えー」って何度も言われて、「残念だけどまあ、頑張って、また歌ってください」って言ってくれた。凄く人気の病院で、常に朝いちでネットで予約取っても30人待ちとかの混み具合で、一人一人の患者さんのことなんか覚えていられないぐらいたくさん治療してるだろうに、びっくりした。
 思えば、インフルエンザになった時も、副鼻腔炎や蓄膿症になった時も、咳喘息になった時も、声枯れになった時も、熱が出た時も、花粉症の時も、普通の風邪の時も、何度も何度もいつもここで診てもらって、特に喉が駄目な時は 「今週末本番なんです、お願いです、週末さえ声が出ればどうなっても良いから」って懇願して、薬調合してもらって、本当に本当にお世話になったな、って自転車こぎながら思い出した。声帯も内視鏡で何度も見せてもらった。インフルも罹ったのは一回じゃなかった。一人暮らしって、病気をたくさんすることなんだな、って思ったし、病気になればなるほどお金がかかって、身体が資本って至言だなって思った。
 先生に診てもらったおかげで、たくさん本番に乗れました。また東京に歌いに来るので、また来ます。ありがとうございました。
 ってご挨拶したけど、東京にわざわざ来るときに病気になりたくないしな。残念、って言いながら何か言いかけてらっしゃったから、実は凄いクラシックとか、合唱とか好きな先生だったのかもしれない。いつかコンサートの招待状送ろうかな。2020/3/28


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