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砂の城(創作大賞投稿作品)

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6年前に小説家になろうで書く予定だった消された恋愛話を改稿して纏めております。【創作大賞2024初参加】 暗い部分も多いですが、人の感情揺れ動きとリアル重視。 ハッピーエンドです…
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#葛藤

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第3話 戻らない記憶」

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城「第3話 戻らない記憶」

「マキ、何かいい事あったあ?」

 店はまだ準備中。派手な同僚とは違い、私はメイクや服を整えるのに倍近い時間がかかる。
 鏡に向かい口紅を引く私の顔は、彼女の指摘通り昨日とまったく違っていた。目元に幸せオーラがはっきり出ている。この歳になって初めて彼氏とお付き合いしたような感じだ。

あの後、忍と2回触れるだけのキスをしてから電話番号とLINE、メールアドレスを交換した。
 何故か分から

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第6話 忍sideー 葛藤

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第6話 忍sideー 葛藤

 退院した後のリハビリで俺が日課にしている事がある。人間は太陽の光を一日に20分くらい浴びるといいらしい。
 ボケ防止にもなるし、それで刺激になれば俺の欠けた記憶がぽっと復活するかもしれない。
 そんな淡い期待を抱いて毎日寮から出て、30分ほど青梅街道付近をランニングしていた。

 雨の日はだりいなと思い、傘をさしていつもの道を歩いていると、電動自転車をのんびり進む女性を見つけた。
 女って、髪の

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第8話 絡まない糸

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第8話 絡まない糸

 焦げた卵焼きを食べた後にようやくお米が炊き上がる音が聞こえた。

「そう言えば、マキって何の仕事してるんだっけ?」

 やはりこの質問が来たかと私は軽く身構えた。決して他意があるわけでは無い。単純に『彼女』から聞いたかも知れないが、今は記憶がないからもう一度聞きたい。そんな所だろう。

「うーん……あまりいい仕事じゃないんだよね。ほら、私って両親亡くなってているからお金貯めるのに必死だったし」

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第9話 弘樹sideー 親友

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第9話 弘樹sideー 親友

 麻衣ちゃんから連絡が来たのは、最後に店に行ったその2週間後だった。ところが店ではなく、中野にある喫茶店で話がしたいと持ちかけられた。
 元々彼女の売上貢献の為にお店に行っていたのだが、何か顧客でも掴んだのだろうか? 
 それはそれで喜ばしい事なのだが、知らない男が麻衣ちゃんにあれこれするのも気に入らない。これはただのお節介だと思われても仕方ないが、麻衣ちゃんは田畑の大切な妹だ。そして雪の親友でも

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第10話 弘樹sideー 覚悟

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第10話 弘樹sideー 覚悟

 麻衣ちゃんはそのまま入院となった。俺は彼女の働くキャバクラの店長さんにどういう体調管理をさせているのかキツく追求した。
 予想した通り先方から返ってきた答えはとんでもない物だったが、俺は同行している医者や研修医と違ってそこまであの店に貢献している訳では無い。悔しいけど、結局それ以上何も言えなかった。
 あれをブラック企業と訴えるのは簡単なのかも知れないが、あそこで仕事をしている麻衣ちゃんが仕事を

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第11話 奇妙な部屋人

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第11話 奇妙な部屋人

 あの日、忍は私の前から何も言わずに消えた。でもこの結末は最初から分かり切っていたもの。全ては、忍の記憶が元に戻らなければいいなんて願った私の所為だと思う。
 私が大学へ行っていい仕事に就けるようお金を貯めると言って忍は笑顔のまま家を出た。
 でも私は別に大学へ行きたかったわけでは無い。家にお金が無いのであれば、すぐに仕事をするつもりだった。
 ただ、あの時は母さんの過剰な期待に答える事に必死で、

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第12話 物好きな人間

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第12話 物好きな人間

 悩み事があっても仕事を休むわけにはいかない。ため息をつき、私はいつものように準備をしてフロアへと足を向けた。

「きゃあああっ! 荵様だわ〜!」

「あれが歌舞伎町No.1の実力者のオーラなのね……!」

 既に客がいるはずなのに、妙にフロアがざわついている。誰か上客が来たのだろうか。気になり、キャバ嬢が密集している先に視線を向けた。
 鮮やかな金髪と正反対のダークグレーの高級スーツ。銘柄は知ら

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第13話 忍side ー 困惑

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第13話 忍side ー 困惑

「今回の企画ポシャったんですか?」

『ちょいと上層部で資金のやり取りで問題が出ててね。企画自体は進んでいるんだけど、下請け業者の解雇が正式に決定になったんだ』

 最悪だ。今回の仕事は某遊園地の立て直し事業で、3年プランの契約だったはず。しかし大元から具体的な話が俺達下の方に降りて来ないので結局一旦こちら側も撤退、という形になったのだ。
 そうなると困るのは上層部ではなく、俺達日雇い労働者だ。上

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第15話 隔てられた距離

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第15話 隔てられた距離

 私は霧雨荵さんと互いの利害の一致という事でお付き合いすることになった。利害の一致と言っても100%私が得をしているだけで、彼にとっての利益は謎のままだ。
 彼が私を指名して、時間の許す限り延長してくれるので店には多額の金が入り、そのお陰なのかいじめは無くなった。
 霧雨さんを敵に回すと営業に響くのだろう。もしかしたら私に手出ししないよう店長が全員に通達したのかも知れない。
 結局は権力と金が無い

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第16話 傷の舐め合い

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第16話 傷の舐め合い

「今日もご来店ありがとうございます、荵さん」

 私の言葉に物凄く驚いた様子で彼は固まっていた。それもそうだ、私が彼を荵さんと呼ぶのはこれでやっと2回目。

「マキちゃん、嬉しいよ! やっと僕の事を認めてくれたんだね」

 人前で堂々とハグしてきたがもう同僚の羨望と憎しみの眼差しなど気にしない。
 あの日、新しい場所で楽しそうにしている忍を見てモヤモヤした感情が吹っ切れたと言えば、吹っ切れたのかも

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第19話 捨てられないタバコ

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第19話 捨てられないタバコ

 私はいよいよ西東京市にある部屋を解約する為、隙間時間で片付けをしていた。
 元々そんなに荷物のない部屋だったが、少しずつ広くなる様子を見ると、ケジメをつける時なのだと思い知らされる。

 そんな矢先、珍しく雪ちゃんからLINEが来た。子育てで忙しい彼女は弘樹さんがお休みでかつ、子供を丸々面倒見てくれないと動けないはずだ。私もこの部屋に誰かを招くのはこれで最後と思い、雪ちゃんに住所を伝え彼女に西東

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第21話 忍sideー 親愛

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第21話 忍sideー 親愛

 俺は人生初めて健康診断を受けた。総合診察の担当は内科の藤堂先生なんだが、俺の名前を見慣れているはずの先生は不思議そうにパソコンを睨みつけた。

「田畑君って一人っ子かい?」

「親も死んでるんで、もう天涯孤独っスよ」

 俺はいつものように軽く笑いながらそう話す。俺は母さんに絶縁されている身なのでこれはあながち間違いでは無い。
 ただ、麻衣の事は誰にも伝えないでいた。全てを知っている弘樹も職場で

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第22話 忍sideー 襲撃

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第22話 忍sideー 襲撃

「ねえねえ、今度温泉旅行に行きたいよね」

「そうだな……」

「箱根くらいだったら行けるよね、日曜日はママさん達休み欲しがるから、平日なら休み合わせられるし」

「ああ……」

 俺は澤村の話を聞きながら今日弘樹に怒鳴られた事を反芻していた。
 あいつは普段全く怒らない癖に、俺と麻衣の話になると人が変わる。
 今の俺に麻衣を守るチカラは無いし、あのシノブって奴が麻衣を守ってくれるのならばそれに任

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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第27話 言えない一言

【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第27話 言えない一言

 何故また忍の前から逃げだしてしまったのだろう。忍と向き合えるチャンスだったのに。澤村さんが忍を諦めると言ってくれたのに、結局また逃げてしまった。

 過去の自分がしてきた態度を忍は根に持っているのだろうか? 小さい頃から忍を嫌いと言い続けてきた事……それを当の本人から言われると胸が抉られる。

 私が彼を嫌い嫌いと言い続けたのには理由がある。

 母さんは私が居ないと生きていけない人だった。母さ

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