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「コイザドパサード未来へ」 第9話

久しぶりにあかりちゃんの家に遊びに来た。
父さんがあの世界から戻ってきてから初めての訪問なので、
話したいことがたくさんある。

「本当に兄さんが見つかって良かった。ミライに改めてお礼を言うね。
 探しに行ってくれて、一緒に戻ってきてくれてありがとう」

あかりちゃんは今にも泣き出しそうな顔でお礼を言った。
僕は少し照れて、頷く。

父さんとあかりちゃんは小さい時から仲が良く、大人になってからも何でも話せる、兄弟というより友達のような間柄だ。
あかりちゃんにはあの温泉旅館で何が起こったか、すべて話をしたということを父さんから聞いた。

「前にミライがここに来てくれたのは温泉旅館へ行く前だったのよね。
 兄さんを探しに行く前にここに来てくれたのね」

あかりちゃんはあの時、もう少し話を聞けば良かったと後悔していた。
僕も同じ気持ちで、何かできたのでは、と自分自身を責めていた。
あのやりとりを今でも鮮明に思い出せるが、何年も前の出来事のような感覚がするのはなぜだろう。
それはあの時が今の状況とは全く違うからだ。
父さんが戻ってきてくれたから。
父さん不在時のあの数ヶ月前の出来事が今では遠い昔の、現実味のない夢のように感じる。

「もし、あのまま兄さんが見つからなかったら、もう少し話をちゃんと聞けば良かった、という後悔をずっと抱えたまま生きていくことになったのかなって。もっと自分にできることがあったのではないか、と今でも自分を責め続けていたかもしれない。だから、ミライに感謝をちゃんと伝えたかった。本当にありがとう」

「帰ってきたから、もう大丈夫だよ」と僕は答える。
「そうだね。本当に良かった。もうあの時のように過去を悔やむことも、自分を責めなくてもいい。それにしても毎日を後悔なく生きるのって難しいね」

あかりちゃんでも日々後悔することがあるのかって思うと少々驚いた。
僕の中のあかりちゃんのイメージはいつも明るくて、サバサバしているから。クヨクヨして何かを悩んだり、悔やんだりするイメージは全くない。
大人になれば誰でも日々を憂い、後悔したりするのかな?
それが大人になるということなのか。
毎日を後悔なく生きるのは難しい、というあかりちゃんの少し曇った顔が印象的だ。
普段明るい人が暗い顔をして名言を放つのはかなり心に残る。

あかりちゃんはキッチンへと立ち上がり、ふたり分のお茶を淹れて戻ってきた。

「それにしても、ミライが自分の意思で兄さんを探しに行ったのは素晴らしい。勇気ある行動だと思う」

面と向かって褒められてしまった。
嬉しいけど、何だか気恥ずかしい。

「ミライのいいところは素直なところ、思いやりがあるところ。きっと学校でも友達思いなのね。他にいいところは、自分の考えを持っていること。そして何よりも行動力!こうだと思ったらちゃんと行動することができる。
温泉旅館へ兄さんを探しに行ったのも、すごいことだよ。まだ中学生だよ。その勇気がありすぎることが、少し心配だけどね」

僕は頭を掻きながら、褒められすぎて困るなって思った。
向き合ってこんなにストレートに褒められると正直照れてしまう。
あかりちゃんは本来、教師に向いているのではないかなと思った。
本や雑誌のライターをするより、人に教える仕事の方が向いている気がする。

ふたりはお茶を飲みながら、一息つく。
話し込んでしまったので、喉がカラカラだ。

「最近、 雑誌で人生の成功者とは?という特集があって記事を書いたのだけどね。人生の成功者って何だと思う?」
少々唐突にあかりちゃんが聞いてきた。

僕は
「成功者だから、ビジネスとか学問とか、どんな分野でも著しく活躍した人のことじゃないかな」
と答える。

「そうだよね。世間一般では何かビジネスを成し遂げたり、他の人が追随できない学問の分野を究めたり、財を成した人のイメージだよね」

あかりちゃんはいつでも、まず僕の答えを肯定してくれる。
僕はそれに頷きながら、次の言葉を待つ。

「私が思う成功者は、自分のことをよく分かっていて、自分の好きなことにまっすぐ向き合って自分を喜ばすことができる人。
自分の幸せを第一に考えて、自分の好きなことをし続けられる人だと思う。
本当は自分ではこれがしたいけど、誰かがこっちの道を望むからと、人の気持ちを優先しがちじゃない?それが日本では美徳だと思われているかもしれないけど、自分の人生だもの。自分の心に正直に、嫌なことは嫌って言っていい。自分の好きなこと、心踊ることを思いっきりやればいい。
それをやり続けられ人が自分の人生の成功者なんじゃないかな。
自分で自分をよしって認めてあげたら、それでいいと思うの」
あかりちゃんは持論を、一気に展開した。

僕は黙ってその言葉を頭で理解しようとした。
人生の成功者とは自分の幸せを第一に考えて、自分の好きなことをやり続けられる人。

こうやって人生の先輩として、考え方の道標みたいなものを話してくれるあかりちゃん。
言葉を生業にしているから、ひとつひとつの言葉が心に響く。
これらの言葉は頭では理解できるけど、圧倒的に経験が足りないのでまだ僕の血肉になっていない。
「成功とは?」社会人になったら誰でも一度は考えることだから、今日のこの話は忘れないようにしよう。

自分の気持ちに従って、自分の好きなことだけをやり続けられる大人になれるのだろうか。
最近、ふとした瞬間に大人になった自分を想像している。
ああ、これが思春期というやつか。

「なんかお腹空かない?シチューがあるから、一緒におにぎりを作ろう」
突然のあかりちゃんの言葉にハッと我に返る。
知らないうちにひとり考え事をしてしまった。

僕は取り繕うように明るい声で
「お腹空いたー」と子どもみたいに返事をする。

あかりちゃんは嬉しそうに
「おにぎり、おにぎりー」と歌いながら台所へと立ち上がる。
僕も続いて、「おにぎり、おにぎりー」と歌い出す。

先ほどまでシリアスな話をしていたふたりとは別人格のようで
何だか可笑しくて僕は思わず、笑い出してしまった。

つられてあかりちゃんも笑いだす。
笑いが伝染して、ふたりの声が部屋中に響く。
大きな声で笑うと、頬の筋肉とお腹が痛い。
そして何だかとても楽しい。

(つづく)

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