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日記・79:海月

今日でこのノートが最後のページになった。

新しい一歩を、頼りなく踏み出した時、自分たち家族は海に浮かぶ小さな小舟のようだった。地図もコンパスもなく、何を目指すのか、どこへ向かうのか、なぜそこに三人乗っているのかさえ理解出来ず、小波にも大波にもただ流され、いつ転覆してもおかしくない状況だっだ。

小さな子供にミルクを作ったり、オムツを替えたり、幾度となく病院へと走り、そこに寝泊まりして仕事に向かった。

なんとかなるもんだ。ダメかなぁとふと思ったとて、人間なかなか強いもんだ。自分も子供たちも、こうしてバタバタしながら生活している。

家族や、周りの人達に支えられながら、少しずつだけど前に進んでいると思う。様々な経験の中でたくさんの事を学び、教えられた。
特に大切だと思うのは、間違いなく「感謝」という言葉と、その気持ちを表す「ありがとう」という、心の表現だ。

自分もそうだけど、人は感謝の気持ちを忘れがちだと思う。
それが当たり前だと勘違いしてしまう。そして卑屈になり、何かを恨むことは容易いと思う。

生まれて来たこと、生きていること、巡り会うこと、笑うこと、泣くこと、切ないと思うこと、健康であること、美味しいご飯を食べること、声を出せること、眠ること、会話が出来ること、朝、目を覚ますこと・・

その何十倍もあるだろう、たくさんの日常のひとつひとつが、それを成せなかった人にとっては何よりも強く願った、奇跡の瞬間なんだと思う。

今の自分の状況のおかげで、たくさんの事を学んだ。

だからこそ、今があるのではないか。


今一番気にかかるのは、やはり子供のことだ。
いつもいつも一緒にいることは出来ない。
仕事もあり、すれ違いの生活になる時が多かった。
もっともっと子供達に接して、気持ちを理解したり、甘えさせたり、遊んだりしてあげたい。
 いつもほんとにごめんな。

あの日、何も分からずこっちに帰って来て、瞬も若菜も大変だったと思うのに、あんまり泣きもせず保育園に行き、走り回っていたね。
パパが迎えに行くと、一目散に駆け寄って来て、腕の中に勢いよく飛び込んで来てくれたね。二人のその姿を見て、パパは挫けず頑張れてるよ。

本当にありがとうね。


弱音を言うのは簡単だ。
言い訳さえしていれば済むから・・

一歩進むのは大変だ。
痛みを伴うから・・

けどその痛みはやがて血となり肉となるのだ。
星をつかもうとして、泥をつかむことはないんだ。

これからもきっと、悩み、苦しみ、考え、落ち込み、転げながら子育てしていくのだろう。
カッコ悪い方がカッコいい。

とにかく逞しく育ってほしい。
健康であってほしい。
いつでも笑い合える明るい家族、親子でありたい。

いつだったか、体調が悪く検査入院で会社をしばらく休んだ時、そこで働く大学生の子達から、励ましのお手紙をもらった。

その手紙の中に、何かの引用だと思うが、忘れられない言葉が書いてあった。

『あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい』


さあ、明日からも頑張ろう!!

未来で心から笑えるように、今つらい事も笑って乗り越えよう!!


月光のように・・


 



私の記事に立ち止まって下さり、ありがとうございます。素晴らしいご縁に感謝です。