東京事変「仏だけ徒歩」歌詞に見る”今ここ”
一見、梵字か、サンスクリット語にも見えるようなフォントで書かれた「仏だけ徒歩」(ほとけだけとほ)
まずは、このユニークなタイトルとビジュアルの面白さに惹かれます。そして上から読んでも下から読んでも「ほとけだけとほ」。見れば誰でもすぐに回文だと気付きますね。
まずは東京事変公式HPから
仏教用語のオンパレード。これには圧倒されました。
のっけから「涅槃(ねはん)」で「仏陀再来(ぶっださいらい)」で「煩悩(ぼんのう)」で「輪廻転生(りんねてんせい)」です。挙句の果てには「解脱(げだつ)」して「ニルヴァーナ(涅槃/ねはん)」に到達してしまう林檎さんの言葉妙技っぷりよ。
ダルマ/カルマ/ノルマ ゆとり/さとり/ばぶり ローバ/ドーサ/モーハ
これらの押韻(おういん)も、とても面白いです。それぞれのワードに注目していきます。
「ダルマ」
日本でも達磨(だるま)大師を祭ったお寺があります。身近な例では受験や勝負ごと、選挙で当選した時に目を描き入れる”勝ちダルマ”がよく知られていますね。仏教における「ダルマ」は、より広義で「宇宙と法の秩序」を表しているようです。
「カルマ」
一般的には業(ごう)と呼ばれ、行為という意味で使われます。「自業自得(じごうじとく)」は「自分でした”行為”が自らに返ってくること」です。
「ノルマ」は言わずと知れた達成を迫られるあの数字…というか知りたくないし、聞きたくない(笑)
「ゆとり・さとり・ばぶり」
これはいわゆる「世代用語」ではないでしょうか。ゆとり世代、さとり世代、そしてバブル世代のことなのでは?
「ローバ/ドーサ/モーハ」
これは仏教用語でいう「三毒(さんどく)」です。
・三毒とは仏教において克服するものといわれている「貪瞋痴(とんじんち)」です。
・「ローバ」貪(とん)は貪り(むさぼり)、欲、執着を意味します。必要以上に求める心は苦しみの原因となります。
・「ドーサ」瞋(しん)は怒り、憎悪、不安や悪行の原因です。
・「モーハ」痴(ち)は愚かで真理を知らないこと、おろかさはすべての迷いの原因となります。
椎名林檎も氷河期世代
何より印象的なのは、この楽曲が「氷河期世代」を象徴するように歌われていることです。氷河期世代といえばバブル崩壊後のジリ貧時代、辛酸をなめつつ、懸命に生き抜いてきた人口のボリュームゾーン(現在およそ30代後半~40代後半)です。
彼らは「貧乏くじ世代」「ロストジェネレーション」とも呼ばれます。不景気による就職難で、正規雇用されるのは極めて困難でした。非正規雇用が多く、収入も不安定な世帯が多いのもこの世代。今日(2021/11/25現在)で42歳を迎える椎名林檎さん自身も属する世代です。
氷河期世代は、右肩上がりで豊かだったバブル世代を指をくわえて見上げつつ、最初から”無かったもの”だと諦観モードのゆとり・さとり世代を尻目にどうにもこうにも板挟み状態です。
”生まれた時代ガチャ”だから仕方がないと自らに言い聞かせ、やり過ごしてきた氷河期世代。中年になっても生活は安定を迎えるどころか、昨今のパンデミックで現実の厳しさは増すばかりです。
諦観と解脱の行く末はニルヴァーナ(涅槃/ねはん)か
本当は何者かになりたかったけれど、何者にもなれそうもない。気が付けばいい大人になってしまったが、何かを諦めたくても、あきらめきれない。自由な移動や、人とのふれ合いさえもはばかられる昨今では、ネットの中で孤独を紛らわすのが精いっぱい。
できるものなら永平寺や深大寺にでも行って煩悩をかなぐり捨てたいけれど、まだ悟りを開くのも早いし、涅槃に達するには若すぎる。輪廻転生した来世で幸せになるのを願って祈るしかないのか? なんとも報われない氷河期世代…。
そんな彼らの悲哀も椎名林檎さんの腕にかかれば、こんなユーモアと皮肉たっぷりな楽曲になってしまうのですね。
「仏だけ徒歩」は東京事変が奏でる現代の声明?氷河期世代への鎮魂歌?
近年のパンデミックは氷河期世代のみならず、音楽業界へも並々ならぬ影響を及ぼしました。アーティストはもちろん、その周りで音楽を支えるスタッフにとって、演奏活動ができないのは死活問題です。
ある意味、この「仏だけ徒歩」は彼ら音楽人の”切なる願い”が込められた現代の声明(しょうみょう/仏典に節をつけた仏教音楽)であり、氷河期世代のルサンチマン(憤り)への鎮魂歌なのかも知れません。
MVでの椎名林檎さん、とても美しいですね。構図がティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」みたいです。児玉裕一監督の美意識を感じます。
ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」
マネ「オランピア」も同じ構図
音楽のこと、ジャンルを問わずいろいろ書いてます。
参考文献:手塚治虫/手塚治虫のブッダ 救われる言葉
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