Alva

遠ざかる、銀河の通りすがり。

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遠ざかる、銀河の通りすがり。

最近の記事

感情線ドライヴ

女 「さっきから同じ場所を走ってる気が するわ」 男 「そうでもない、そう感じてるだけ」 女 「そうかしら、何だか妙な空間に迷い 込んだみたい」 男 「感情線はそういうもの、時に移ろい やすい」 女 「環状線でしょ、Inner Ring」 男 「いや、Inner Emotion、感情線ドラ イヴ」 女 「どうでもいいわ、さっきの交通整理 の人形見た?」 男 「こんな夜におあつら

    • 孤島に建てられた校舎

      濃密なお務めの直後で、器のエネルギーが著しく活性化していた影響か。宿泊先にて夜の帳が降りた矢先、麻痺したかのように動けない身体を横たえていると、意識体が強い力で押し出され、一気に飛翔し、有無を言わさず夜間飛行に出ることとなった。 到着先は、どこかの小さな島のフェリー乗り場のようだ。何人かまばらに、入島する人が視界に入った。それよりも、自分自身を認識し、そして、その横に立っている小柄な女性、というより女子の姿を確認し、つい驚きの声が上がってしまった。 それは他でもなく、この

      • 『ディアブロ Ⅳ』を聴いて

        まず、ディアブロを知っている方からすると、記事タイトルが変に思われるだろう。「遊んで、じゃないのか」と。ところでディアブロと言えば、四半世紀前のフランス滞在中、大学で知り合ったフランス人の悪友から紹介され、初めてその存在を知った。 初代が発売されて少し経った頃で、当時、PCで論文を執筆する傍ら、息抜きでディアブロをプレイしてみたものだ。いわゆるハクスラゲームの先駆けで、初代以降のシリーズの経緯は知らなかったが、現在は四作目が発表され、好評発売中だ。 ところで私はゲームは全

        • 閉じ込めているのは誰か

          ここ数年、各地の神社を再訪していると、 元々在った “主” のエネルギーが消失していることに度々、気づくことがあった。その不在を観じながら、素直な気持ちで、「よかった、出られたんだ」 と思える自分がいた。 神社は何のためにあるのか、という類の質問をよくされるが、それは立場によっても捉え方は様々で、解釈や定義も変わってくるだろう。神社という場所のみならず、神々に対しても同様と言える。 私にとって神社参拝は、登山と同様、定期的に行なうが、決して好んで行なっているわけでなく、ま

        感情線ドライヴ

          救済なきセイフヘイヴン

          先の記事で、〈虚飾の花弁〉と呼ばれる、この現実次元特有の共依存のエネルギーが、実は外からの影響を受けてのものだと言及した。 程なくして、それを目の当たりにするかのようなミッションの機会が訪れた。今回はいわゆる “潜入捜査” で、単独による捕り物ではなく、あくまで実地調査とのことだった。 潜入捜査自体は慣れた口だったが、他ならぬ今回の調査対象こそ、私にとってどうしても抵抗感を覚えてならない存在であった。“彼ら” との因縁は、(人間時間で)およそ四半世紀前に遡る。 渋々、彼

          救済なきセイフヘイヴン

          虚飾の花弁

          この現実次元において、〈共依存〉のエネルギーというのは、その度合や性質を問わず、誰しも共通して備わっていると言っても過言ではない。 人の歴史においても、その強まりが顕著となる時期は度々繰り返され、異次元からの “観察者” においては、最も注視すべき事例となっている。 例えば、扇動者と信奉者という関係性がある。仮に自身が自覚なき信奉者であっても、信奉者に対する扇動者の依存がなければ、形として共依存にはならない。 つまり、両間者の相互の依存性があって初めて共依存というのは成

          虚飾の花弁

          何年か前からこんにちは

          「(今、という言い方も変だが)今、私の意識は何年か前にいる。何年か前からこんにちは。正確には分からないが、おそらく十年程前だろう。何だか懐かしい。だがこの感覚は言葉では到底、表わせない。 今いる何年か前にすでに、何年か後の今を経験していた。過去から感じた未来への懐かしさと、今から感じている過去への懐かしさが混じり合うのは、何とも不可思議な感覚だ。 (数分前から、という言い方も変だが)数分前から何年か前にいるが、おそらく間もなくこの感覚は解け、意識は現在に戻ってくる。その前

          何年か前からこんにちは

          キャンプファイヤーの夜

          子供の頃の記憶というのは得てして、いずれも歳を重ねてからのものよりも鮮明である。私個人はどちらかというと、この現実世界での記憶より、異次元の訪問や交流の方が多くを占めているのだが、一つ、際立って印象的な思い出があり、今でも不意に蘇ってくる記憶の中の存在がいる。 今なお、思い出すという以上に、超感覚的に認識し得る “何か” が引っかかってやまない、そんな記憶の対象だ。その陰ある眼差しは瞬く間に時空を越え、その奥に拡がる途方もない神秘を映し出す。 何十年経てもなお、まるで自分

          キャンプファイヤーの夜

          辿り着けない祠

          先の記事で取り上げた、“捕り物” と呼んでいるオペレーションとは別に、単独、あるいはペアで行なう小規模な作戦を、ミッションと呼んでいる。 日頃、ミッションの方が圧倒的に数が多く、舞台も、どこかの辺境の異次元ではなく、他ならぬこの現実、人の世であることが常だ(ただし大抵、ある程度の時間と空間は越える)。 今回も、まずは夜間飛行にて目的地へと向かった。事前に、ペアでの潜入捜査という形が告げられていたので、合流地点に向かうと、そこにいたのは珍しいパートナーだった。彼女は、〈七つ

          辿り着けない祠

          異次元間捕物帳

          何らかの手段やきっかけにより、解放された想念のエネルギーの行方を気にする者はあまりいないかもしれない。一部の想念は、個人から解放されてそれでお終い、というわけではない。解放後も人知れず、消滅や還元へと、いくらかの過程を辿ってゆく。 比喩として、どんな思考や感情であれ大切なものであり、掛けがえのないもの、と信じる方にとっては好ましい印象を持たれないかもしれないが、この現実世界でも、捨てられたものはゴミとなり、ゴミ箱から回収され、様々な業者の手を経て、廃棄や再利用の形へと至る。

          異次元間捕物帳

          500年周期の反転的変移

          500年という単位は、観測する上で特別な意味を持つ。ここ2~3000年の間だけに目を向けてみても、500年の周期で何かしら動きがあり、区切りというよりは、一つのセンテンスの句読点のような息継ぎの境だ。 ただし、正確に500年というわけではなく、時間の存在しない領域からの観測のため、およそ500年程度、という曖昧さは否定できない。また、そのタイミングで必ずしも何かしらのイベント(事象)がある、というわけでもなく、あくまで次元間のエネルギーレベルの変移のため、現実に顕著な形、現

          500年周期の反転的変移

          イナンナの冥界下り

          真夏のある時期を迎えると否応なく、ある深層の次元の層に繋がりやすくなる。 それは言うならば、死を信じた思いが、その思い自体から発生し、重なり合った無数の世界観の枠組みに閉じ込められ、非正規に構築された特区、あるいは次元の狭間の亜空間のようなものか。 銀河の掟で、なるべくその次元に意識を合わせてはならない、という警句があり、たとえいかなる異形の姿で心に侵入してきたとしても、一瞬でも視線を向けることなく、ただ通り過ぎるままにする… それはこちらの弱みを把握し、変幻自在である

          イナンナの冥界下り

          戻らないアトラクション

          かつてあれほど好んで通っていた遊園地だが、すべてのアトラクションを堪能し尽くした彼が選んだのは、ゲストの立場から、運営、管理する側に回ることだった。 彼が運営側となって気づいたのは、園長や上司といった役職の違いが一切なく、スタッフは皆等しく、それぞれの持ち場があるだけだった。 かつて自分たちも無邪気に遊び、楽しんでいたこの場所で、訪れるゲストにも非日常を存分に味わってほしいという切なる願いのもと、皆、舞台や演出の管理に細心の注意を払っている。 安全性の面では、広い園内で

          戻らないアトラクション

          一人になれなかった男

          私にとって、一本の “幻の映画” が存在する。 二十代前半、初めてフランスで一人暮らしを始めた際、アパルトマンの最上階の、ベッドだけ置かれたがらんどうの部屋に、帰国する留学生から譲ってもらったテレビデオ(ビデオ付きテレビ)を設置した。 近所の様子を知ろうと、目的もなく散歩していると、一軒の小さなビデオレンタル店を見つけた。何となく入店し、何となく入会した。 会員になり、一本くらい借りていこうと、店内を見て回った。とある一角に、フランス本国の作品だけを集めたコーナーを見つ

          一人になれなかった男

          ミッドナイト・タンデム

          深夜の国道。郊外にある職場から、自宅のある街まではいくらか距離がある。残業のあと、彼女はほとんど灯りのない片田舎の道路を、窓を開け、少しでも家までの距離を縮めるため、疾走していた。 すると気付かない間に、蚊が二匹入り込んだようだ。いや、すでに車に乗り込んだ時点で潜伏していたのかもしれない。自宅までまだ一時間ほどかかる。刺される前に追い出してもいいが、少女の頃より空想好きの彼女は、旅の道連れである彼らの会話に耳を澄ませてみた。 蚊A 「おい、聞いたか。Cが “アレ” と遭遇

          ミッドナイト・タンデム

          『オード : モード 恋と愛と』

          これは19世紀末を生きた、あるフランス人青年のささやかな人生の切れ端。 彼は作家志望で、プロヴァンスの田舎の実家を離れたのち、近代化で賑わう街に単身、移ってきた。街の喧噪とは隔絶されたような、古いアパルトマンの一室が彼の居城となり、それ以後、彼の青春の日々は、ほとんどその生活感の希薄な部屋と、徒歩数分のカフェの往復で占められることとなる。 結果的に、彼は作家として大成することはなかった。その名は文字通り、無名のままであり、世間の人々が彼の名が記された作品を書店で見かけるこ

          『オード : モード 恋と愛と』