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孤島に建てられた校舎

濃密なお務めの直後で、器のエネルギーが著しく活性化していた影響か。宿泊先にて夜の帳が降りた矢先、麻痺したかのように動けない身体を横たえていると、意識体が強い力で押し出され、一気に飛翔し、有無を言わさず夜間飛行に出ることとなった。

到着先は、どこかの小さな島のフェリー乗り場のようだ。何人かまばらに、入島する人が視界に入った。それよりも、自分自身を認識し、そして、その横に立っている小柄な女性、というより女子の姿を確認し、つい驚きの声が上がってしまった。

それは他でもなく、この異なる現実次元の舞台にてミッションのバディとなった、元引きこもりで次元調停者の卵、“明里” という女子だった。最後のミッションから随分経っているためか、二歳ほど年を重ね、心なしか落ち着きと貫禄が伝わってきた。視たところ、腕も上がっているようだ。

感心していると、不意に思念が伝わってきた。瞬時に理解されたのは、ミッションの現場となるのは、山の中腹に建てられた “校舎” であること。今回は年齢と立場的に、明里しか潜入できないため、私は基本的に外からのサポートに徹すること。その他、詳しいことはまた追々、現場で指示があるという。

早速、フェリー乗り場から、件の校舎に向かうこととした。島全体はほぼ山地に覆われ、海岸沿いの山麓にあたる平地に僅かな家屋が見られるが、島民はきわめて少ない様子だ。そんな島に建てられた校舎には、きっと数えるほどの生徒しかいないだろうな、という印象を持たざるを得なかった。

海岸沿いを歩いていると、遠くの開けた岩場に、色褪せて朽ちた鳥居と、その更に奥の海の手前に、太陽に照らされ、蜃気楼のようにぼやけた、幾人かの動く人影が見えた。影が小さいので、子供だろうか。特に気にせず、そのまま山の上へと続く細い路地に入り、なけなしに舗装された山道をしばらく進むと、やがて眼前に古い校舎が見えてきた。

設定として、明里は課外活動の一環で、数日だけ教育実習生としてこの学校に籍を置き、私は彼女の付き添いの保護者ということにした。先生方が集まる職員室に明里を残し、私は一人、校舎内を偵察することにした。予想より多い人数の子供たちの姿が見られ、小~中学生と思しき、背丈や年齢もバラバラな子たちが、一つの教室で授業を受けている。

ところで、この校舎に着き、入った時から、「何かがおかしい」という、ほんの微かな違和感、形容し難い妙な感覚があった。まぁ、ミッションの舞台なので、多かれ少なかれ、通常ではない因子があるものだ、とその時は気にすることもなかったが、後から、その違和感の理由が明かされた。

翌朝、私はフェリー乗り場近くの民宿から再び校舎に出向き、登校前の明里と待ち合わせた。開口一番、「どうも見張られてるような視線を複数感じるのよね… うまく隠してるけど、僅かに思念が漏れてるというか… ちょっと意識してみてよ」との話があった。確かに昨日の時点で私も薄々、感じ取ってはいた。ただ視線の主たちには、何ら敵対するような意思は感じられなかった。

学校の視察という名目で、私も校舎内を見学する許可を得るため、職員室へと挨拶に向かった。話を終え、廊下を歩いていると、先ほどいた一人の中年の男性教師が小走りで追ってこられ、「もう気づいてます…?」と小声で話された。彼のエネルギーを観じつつ、「もしかしたら…」と詰め寄ると、「そうです、我々もまたここに潜入しています。教職員全員です」

そう、視線の正体は “彼ら” だったのだ。おそらく《星の船》から必要な人材が派遣され、一時的に人の姿に化体しているのだろう。しかしミッションは私と明里だけで行なうものだと思っていたが… 「実はこのミッションは大規模な “捕り物” も兼ねているのです。ミッション自体は明里さんが担当し、あなたは引き続きサポートをお願いします」と、思念の形で説明があった。

「そこまでの大規模な捕り物… ということはまさか?!」「はい、ご推察の通り、この校舎自体も我々の手による作り物であり、存在しません。島民には見えていません。あなたもすぐに見破れなかったほど、きわめて現実次元に寄った構成要素で精巧に作られています。全ては、かつてここで生きていた子供たちに信じさせ、集めるためなのです」

なるほど、それが違和感の正体だったわけか。例えるなら、明晰夢で体験する疑いなきリアリティのような。彼らの技術を持ってすれば、決して不可能ではないだろう。「我々のこと然り、お二人に事前にお伝えしなかったのも、子供たちに疑念を抱かせることなく、捕り物の対象を欺くためなのです」「敵を騙すにはまず味方から、か」「申し訳ありません」

「初日から明里さんは薄々、子供たちに何かを感じられている様子でした。さすが調停者として、鋭い感応力をお持ちです。この校舎へと海から逃れてきた子供たちの先導は、彼女に任せてもいいでしょう。あとは我々の仕事です。これから発生源である海岸沿いの岩場へと向かいます。かつてこの次元に入り込み、神を騙り、贄を求め、子供たちを海の底へと引き込んだ思念体の再来を我々は予測し、あなた方をこの島にお呼びした次第です」

ミッションと捕り物を終え、帰り際に明里がこう呟いた。「結局、思念体とやらがあの子たちを海に引き込んだわけじゃなく、思念体を畏れ、崇めた島の大人たちが差し出したわけだから、元凶は人間の弱さだよね。でもとにかく、あの子たちが学校を “卒業” できてよかった」

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