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キャンプファイヤーの夜

子供の頃の記憶というのは得てして、いずれも歳を重ねてからのものよりも鮮明である。私個人はどちらかというと、この現実世界での記憶より、異次元の訪問や交流の方が多くを占めているのだが、一つ、際立って印象的な思い出があり、今でも不意に蘇ってくる記憶の中の存在がいる。

今なお、思い出すという以上に、超感覚的に認識し得る “何か” が引っかかってやまない、そんな記憶の対象だ。その陰ある眼差しは瞬く間に時空を越え、その奥に拡がる途方もない神秘を映し出す。

何十年経てもなお、まるで自分の顔がその瞳に映るほど、すぐ近くにいるような感覚。“彼女” は当時、親しかった同学年の男友達の、小さな妹だった。

私と男友達は小学校の最終学年だった歳で、彼の妹は確か二学年ほど下だったと記憶している。無口で、背が低く、パッチリした目で、ナチュラルにくしゅくしゅした、不揃いの短めな髪型だった。

「こいつ、ちょっと変わったとこあるけど、気にしないでくれよな」

男友達はよく困り顔でこう言っていた。彼は同学年だが、住んでいた地区の微妙な境で通う学校が違ったため、会うのはもっぱら休日だった。気づけばいつも兄妹と私の三人セットだった。妹には同学年の友達がおらず、いつも兄と一緒に行動していた。そんな妹は確かに、彼の言うように、やや不思議なところがあった。

彼女は、なぜか私を気に入ったのか、気まぐれなのかよく分からないが、いつも私のあとをついてきて、離してくれなかった。ただ、ほとんど言葉を発することなく、ちょこちょこと近過ぎず遠過ぎずの距離感でついてくるだけだった。

その夏、近隣に住む子供向けに企画されたお泊りキャンプに出掛けた時だ。いつものように妹は常に私の傍にいたため、「ひゅーひゅー」と周りから冷やかされ、私もいささか困惑し、彼女に冷たい態度を取ってしまった。

だが、彼女はまったく気にもとめていないようだ。そんな妹を見ては、「やれやれ、こいつは…」と苦笑いを浮かべる、五分刈のスポーティな同級生の顔が印象的だった。そんな同級生とも、お互い小学校を卒業してから、会うこともなくなった。それは同時に、三人セットの解散を意味した。

それから一年ほど経った頃だろうか。うる覚えだが、確か街の中心にあるデパートの中の本屋さんかどこかで、ばったりと兄妹に遭遇した。

「おぉ、久しぶり!」と、やや髪が伸びた感のある同級生。その背後に、驚きでも笑顔でもなく、何とも形容できない不思議な表情を浮かべた妹が見えた。「おい、久しぶりだろ、あいさつは?」

と、同級生が彼女に言う。彼女は一歩下がり、沈黙を保つ。時折、彼女がわずかに表情を変えるのが目に入ったが、結局、同級生との短い立ち話の間、彼女は終始、うつむき加減で、声を発することはなかった。

「じゃあそろそろ行かないと。また近いうちに遊ぼう」と言い残し、その場を去ったが、それが二人に会った最後だったと記憶している。立ち去る時、ちらっと妹を見た。彼女もまた、何とも言えない表情で私を見ていた。

キャンプファイヤーの夜、彼女であって彼女ではない “何か” が、絶対的な闇の静寂の中、一声、発した。その瞬間、天と地で成る世界が生まれた。同時に、そんな世界に在る自分を、彼女は認識することとなった。

彼女の意思の下、次第に万物が形成されてゆく最中、はるか無限に等しい、途方もない距離の先に生まれつつある、もうひとつ別の世界の存在を、確かに彼女は感知した。

ぜひ、あのもうひとつの世界に触れてみたい、と彼女は切望した。だが、それは不可能だった。どうしてもあの世界と創造を分かち合いたい… そんな想いがはじめて彼女に生まれ、その想いはただ募るばかりだった。

そして、ひとつの意志が彼女に生まれた。私は行けなくとも、私の一部を、あの世界に届けたい。ほんの砂粒のような存在だとしても、私の想いを形として、あの世界の一部としたい…

もうひとつの世界の創造者が、闇の中に瞬く無数の星々を眺めていると、その中に、微かに青白く輝く、見慣れないひとつの光を見出した。奇妙に感じたが、それ以上に、その妙なる美しさに惹かれ、見守ることにした。

他の星々に囲まれ、光は幾度もその脆さ、儚さゆえに、闇の中で消滅と再生を繰り返したが、その度に、もうひとつの世界の創造者は、物言わぬ光に語りかけ続け、その残光を追い求めた。

いつしかその光は、彼という世界になくてはならないものとなった。彼は今でも光の贈り主を知らずに、交わることのない別の世界として在り続ける。

キャンプファイヤーの夜、彼は疎ましく思いながら、炎を見つめているようで見つめていない彼女を傍に感じていた。

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