見出し画像

戻らないアトラクション

かつてあれほど好んで通っていた遊園地だが、すべてのアトラクションを堪能し尽くした彼が選んだのは、ゲストの立場から、運営、管理する側に回ることだった。

彼が運営側となって気づいたのは、園長や上司といった役職の違いが一切なく、スタッフは皆等しく、それぞれの持ち場があるだけだった。

かつて自分たちも無邪気に遊び、楽しんでいたこの場所で、訪れるゲストにも非日常を存分に味わってほしいという切なる願いのもと、皆、舞台や演出の管理に細心の注意を払っている。

安全性の面では、広い園内で迷子が出ないよう案内板を適宜、準備するのもスタッフの仕事だ。時に遊び心が高じ、案内板に仕掛けを施し、それ自体をアトラクションにしてしまう者も…

観覧車の担当者など、ぎこちない恋人同士が乗ってくるや否や、故障を装い、最も高い地点でしばらく停止させ、恐怖を味わせることもあるという。

他のスタッフとは交流がなく、彼も噂に聞いた程度だ。自分の持ち場を離れることがないので彼らと接することもなければ、連携することもない。それでも、各自の立場における真摯な取り組みが融和し、園全体の調和が実現しているのを肌で感じられた。

お化け屋敷の担当者は本気で戦慄させる仕掛けを日夜研究し、トリックハウスの担当者など、永遠に錯覚から抜け出せないトリックの開発に余念がない。また、ジェットコースターに乗ろうものなら、シートベルトが存在しないこともあるとか。

「アトラクションはアトラクティブたるべき。たとえ来園者がどのように受け取ろうとも」

そんな純粋で真剣な遊び心だけで仕事に従事する彼らは、自らゲストの立場で無邪気に遊ぶことを辞し、場に貢献することを選んだ者たちだ。それはかつて自分を楽しませてくれたことへの、恩返しのようなものかもしれない。

彼が最近、楽しみにしているささやかなことは、真夜中に少しだけライトアップさせた、誰一人いない園内を散歩すること。様々な思いだけが形なく闊歩している。今は星々に優しく照らされ、思い出自体が語り合うのを、彼はそっと耳にしていた。

運営スタッフとしての立場にも慣れてきた頃、彼は広い園内の一画に、何の施設も建てられていない更地のスペースがあることに気づき、疑問を感じるようになった。

他の持ち場のスタッフとの関わりが一切なく、誰にも聞くことができなかったため、好奇心は募るばかりだったが、時々見かけていた、園内の清掃をされている老齢のスタッフに、思い切って尋ねてみることにした。

「あの更地かね… わしもよくは知らんが、言い伝えによれば、かつてあそこにもアトラクションが存在したそうじゃが、何度も通う内に、その世界の虜となり、出られなくなった者がおったそうじゃ。

何でもその者はアトラクションのコンテンツに対し、もはや遊びではなくなってしまった、と。とかく真剣さは、深刻さに転じるものじゃの…

困った運営側は、たとえ一人のことであってもゲストを強引に追い出すことはできず、下した決断は、一旦、アトラクションごと “外” に転送するという手段じゃった。

一旦、というのは、いつかその者が正気を取り戻し、アトラクションごと、この遊園地へと再び戻ってきてくれることを想定しての方策だったんじゃが、ご覧の通り、未だ戻ってきておらん…

どんなことでも実現が可能となる秀逸なアトラクションだったそうで、その者が観ている世界が今現在、どれほど拡大し、複雑化しているかは想像に余りある。

ただし、元は一個の限定された箱じゃ。ここに戻ってきてしまえば全てはリセットされるじゃろ。だから運営側は常にあの更地をそのままにし、いつかあの者の目が覚め、戻ってくる可能性に期待し (皮肉も込め)、“外” で漂流を続けるアトラクションを〈スペース(宇宙)〉と名付けた。

わしも同様の思いじゃ… そう、開発者の一人として、我が子の帰りを待つ親のように、な。… おっと、つい口が滑ったようじゃな。老人の戯言と思って忘れておくれ。さて、そろそろ清掃に戻ろうかの」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?