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感情線ドライヴ

女 「さっきから同じ場所を走ってる気が
          するわ」
男 「そうでもない、そう感じてるだけ」
女 「そうかしら、何だか妙な空間に迷い
          込んだみたい」
男 「感情線はそういうもの、時に移ろい
          やすい」
女 「環状線でしょ、Inner Ring」
男 「いや、Inner Emotion、感情線ドラ
          イヴ」
女 「どうでもいいわ、さっきの交通整理
          の人形見た?」
男 「こんな夜におあつらえ向きだ」
女 「不気味だったわ、もう一瞬でも見た
         くない」
男 「彼は君が見た瞬間から、この夜の
          静寂に存在してる」
女 「あれは、私が見る前からあそこに
          立ってたのよ」
男 「かもしれない。そして彼は動いて
          ないようで、常に動いてる」
女 「ますます不気味ね、まるでB級の
          ホラームービー」
男 「彼は僕たちの視点から眺めるなら、
    動いてない」
女 「(常に右手だけは一定のパターンで
          動いてるけどね)」
男 「でも彼の内部では、刹那のスピード
          で絶え間ない動きがある」
女 「……? あれが自分の意志で動いてる
          ってこと?」
男 「その精密で儚い動きは、彼を彼たら
          しめるのに必要だから」
女 「彼の横を通り過ぎていった、この車
          よりも速く?」
男 「比較するスピードの次元が違う。
         そして彼には自覚がない」
女 「動いてるのに、無自覚なんだ。深夜
       の交通整理も大変ね」
男 「視点の差異による、自己と他者間の
          部分と全体の表れ方」
女 「ねぇ、そろそろサービスエリアで
          休まない?」
男 「流動的な瞬間という諸現象の弛まぬ
          連続性。まるで…」
女 「感情のような?」
男 「そう、まさしく」
女 「感情線ドライヴ?」
男 「いや、環状線ドライヴ」
女 「結局、どっちなのよ」

~ 幻影サービスエリア ~

女 「やっと一息つけるわね、永遠に走っ
          てる気がしてたところよ」
男 「永遠の一歩手前で、サービスエリア
          発見ってとこか」
女 「ちょうど耳障りな無限のループも
          途切れたわ」
男 「サティの『ジムノペディ』はお気に
          召さなかったのか?」
女 「悪いけどこの曲嫌い。短調で単調で」
男 「闇夜に、山際のシルエットが微かに
          浮かび上がってる」
女 「そうね、夜空と溶け合ってほとんど
           識別不可能だけど」
男 「じゃあそのすぐ背後に、マヤのシル
          エットが視えるか?」
女 「……? ヤマなら見えるけど」
男 「いや、マーヤ。山だけじゃなく、
          この車も、このハンドルも…」
女 「じゃあこれは一体、何?」
男 「君にはそれが何に視える?」
女 「嫌いなサティのCDに決まってる
         でしょ」
男 「いや、僕はそう思わない。ただし
          何に視えるかは言えない」
女 「言えないんじゃなくて、分からない
          んでしょ」
男 「目に見えるものによって、眼に視え
          ないものが覆われてる」
女 「あたしにとっての、サティみたいな
          ものね。無機質な音の波動」
男 「というより、音という幻影の波束
          に近い」
女 「そろそろ夜明けね、永遠もやっと
          終わり」
男 「サービスエリアから出たら、また
          無限の環状線だな」
女 「でもそんな無限性もまた、マーヤ
          の企みなんでしょ」
男 「 “マーヤの企て” ……いい響きだ」
女 「いい線いってる?」
男 「いや、感情線」
女 「結局、どっちなのよ」

~ 臨海ポゼッション ~

女 「真夜中の海って嫌い。もっと嫌い
          なのは夜明けの海」
男 「君に嫌われるような罪を、海は犯し
          たのか?」
女 「もし犯してるなら、私はここに
          いないわ。今頃、深海の藻屑よ」
男 「じゃあ、まだイノセントなんだな、
          君の世界の夜明けの海は」
女 「そうね、少なくとも私には沈黙と
          節制を保ってるわ」
男 「もうすぐ夜が明ける。車を降りて
          浜辺に下りてみないか」
女 「あなたの世界の夜明けの海を眺め
          に? それとも私の?
男 「しいて言えば、海であって海で
          ないものを眺めに」
女 「それが感情線ドライヴの終着点?」
男 「いや、執着点」
女 「この夜明けの海は、私の執着の
          対象でもあるのね」
男 「その執着点である海という輪郭
          は結局、君自身に還る」
女 「つまり、私と共にこの海は在る」
男 「叙情的に表現するなら」
女 「私がいて初めてこの海は在る、は?」
男 「その表現は、ある種の臨界点を前提
          としている」
女 「点というより、線でしょ?」
男 「それいいね(敢えて “点” と表現し
          たんだけど)」
女 「それとも敢えて、“点” って表現し
          たとか?」
男 「どうかな、君の気に入る方でいい」
女 「あなたの海か、私の海かっていう
          さっきの疑問に関係あり?」
男 「そう、まさしくその間に臨界点は
          ない。そして…」
女 「それは海であって、海でない何か」
男 「君が海という想念形態に執着する
          ように、僕は君に憑依する」
女 「取り憑いて依存するなんて、私と
          同化するつもり?」
男 「僕がどうかしようとする以前に、
          既に同化している」
女 「同化が先か、分離が先か、それが
          問題ね」
男 「僕は君の想念形態。君の内側と
          外側における表現」
女 「あなたは私の想念形態。あなた
          の内側と外側の表現」
人 「私はアルファであり、あなたは
          オメガである」
? 「感情よ、刹那と無間の円環を遊べ」

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