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感動したスタジアムの話

みなさんスタジアムには行くことありますか?

サッカーを見たり、
ラグビーを見たり、
野球を見たり、

スポーツを生で観戦するのは本当に良い体験ですよね。


これまで、いくつかスタジアムに訪れましたが、
今日は、その中でも印象的だったスタジアム、

街と一体になったスタジアム

に感動した話をしようと思います。

【今日のまとめを先に】
✅スタジアムの「原始的な姿」を見て感動した。


街と一体になったスタジアム

ロンドンから西に向かうと、
そこにはバースという街があります。

以前記事にもしました、
ローマ風呂で有名な街です。


そこに訪れた時、

もちろんローマ風呂の遺構は良かったし、
それのせいで風呂に入りたくて堪らなくなった僕ですが、

この街で一番感動したのはローマ風呂ではありませんでした。


じゃあ何に感動したのか、


まずは、この写真を見てください。

画像1


感動したのは、まさにこれ。


わかりますかね、

写真の右側にはラグビーのスタジアム。
人が集まってるのは、路地の行き止まり。

高低差の関係で、街の中からピッチが見えちゃうんです。笑


おばあちゃんもこんな感じで観戦。

画像2


さて、

これのどこに感動したんだよ!

そう思われる方もいると思うので、
ちょっくら説明します。


まずね、
スタジアムの中って外から見えないのが普通ですよね。


なんでですか?


当たり前だ、
お金払ってチケット買ってんだから!


そんな声も聞こえてきそうです。

僕も「チケット買ったから観れる」のは
当たり前だと思ってました。


...でも、本当にそうですか?


お金払った人にしか見せないようにするために
スタジアムの壁ってあんなに高くなってるんですっけ?


ちょっと話それますが、
例え話をします。

街中で旅芸人が大道芸を始めました。
これは物珍しいぞ、と言って何人かが足をとめます。
そして、次第に旅芸人のまわりは見物客で埋まります。

するとその次は、
「なにやら人だかりができているぞ」
と面白がった人がその人だかりの後ろにつきます。

いよいよ旅芸人の姿が見えなくなると、
子どもを肩車する親がでてきたり、
ちょっと高いところをみつけてそこから覗いてみたり。

そうして後ろの人はどんどん高いところから
中心を見つめるようになります。



そう、これが劇場やスタジアムの「原始的な姿」です。


かの有名なゲーテさんもそんなような事をイタリア紀行に書いてました。


「後ろの人も見えるように」

それを形にしたもの、
それがスタジアムです。

その結果として、スタジアムは高くなるし、
外からは中を覗けなくなってしまったんです。


でも、

このバースのスタジアムには、
その原始的な姿があった。

今一度、この少年の背中を見てください。
なんと凛々しい背中。笑

画像3


後ろの人はより高いところから観る。
それがスタジアムという建物を超えて
起きていました。


ここで僕は、

人間の「観る」という行為の根源を見て、
感動したんだと思います。


チケットを買ったから観れる、
買ってないから観れない、

なんて、人間の「観たい」欲求の前には
ちんけな話ですよね。

(もちろんそういう商売を悪く言うつもりなんて微塵もありませんよ。スポーツを観戦できるように運営してくれている方々にはめちゃくちゃ感謝してます。)


まるで街全体がスタジアムかのように感じられた、
そんな素敵なスタジアムのお話でした。


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