見出し画像

小説で行く心の旅④ 「桜の森の満開の下」坂口安吾

「桜の花が咲くと(略)絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です」

こんな驚きの言葉で始まる作品をご紹介します。
小説で行く心の旅、四回目は「堕落論」「信長」
などで有名な坂口安吾さんの「桜の森の満開の下」桜が見頃のこの時期、ぜひ楽しんで頂ければと思います。この作品は1947年に「肉体」に発表され、非常に面白い作品で野田秀樹さんはじめ多くの方が舞台化しています。
坂口安吾さんは、第21回~第31回芥川賞の選考委員を務め、第28回では松本清張さんを高く評価し清張さんはこの回で芥川賞を受賞しました。
※「肉体」は暁社が1947年に創刊した雑誌
※「坂口安吾全集」5(筑摩書房1998年発売)より

坂口安吾さん(1906〜55年)は新潟県生まれ。
本名は坂口炳五(へいご)。東洋大学印度哲学科
卒、宗教哲学を学び、チベット語、フランス語など多くの語学も学びました。1931年に「木枯の酒倉から」でデビュー。常識を無視した破天荒な作風が高く評価されました。戦後は「堕落論」などを発表し批評家として活躍する一方、ミステリー等多様なジャンルに挑み、昭和を代表する人気作家になりました。

岩波文庫「日本近代短編小説選」昭和篇2より

【 あらすじ 】

※ネタバレを含みます、ご注意ください。 

桜の花の下は怖ろしい

「桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子を
食べて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと
浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。」

こんな作者の語りから物語は始まります。
今の人々は桜が咲けば、花見だ何だと陽気に花の下で楽しんでいるが、大昔の人はそう思わず桜の花の下を怖れていた、桜の花の下から人の姿を取り去ると、とても怖ろしい景色なのだと語り桜の昔話を始めます。

平安時代の、桜と山賊の物語

時は平安時代、ある山の峠に桜の森がありました。桜の花を怖れていた当時の人々は、満開になると桜の下を走って逃げたり、遠回りして桜の森を避けていました。この山に山賊が住み始め、峠を通る旅人から金品を、夫婦の旅人からは金品だけでなく女房も奪い、山賊の女房は7人になりました。強奪し、時には人の命を奪う山賊も桜の花を怖れていました。

8人目の女房

ある日、山賊はそれは美しい女房を連れた旅人を
殺し、その女房を8人目として家に連れて帰ります。その女房は大変なわがままで、山賊に無理難題を押し付けます。山賊は惚れた弱味で全て聞き入れ、最後には都で暮らしたいと言われ、一緒に都で暮らすようになります。

女房の正体、満開の桜の下で起きた事

都で暮らすうち、8人目の女房は怖ろしい本性を
現わすようになり、山賊に人の首を斬って屋敷に
持って帰るよう命じます。女房は山賊が持って
帰った生首で遊ぶようになり、そんな暮らしに嫌気がさした山賊は、山に帰ると言い出します。女房は山賊なしでは生きられないと言い、二人は元の山へ帰ります。峠の桜の森は満開で、その下を二人で通り過ぎた時、女房は人間ではない事が判明します。そして衝撃的な出来事が起き、桜の花びらが舞う中で、物語の幕が閉じます。

【面白雑学  桜の木を怖れた人々】

読後感想の前に、面白いお話を一つ。
この作品では、満開の桜の木を昔の人は怖れて
いたと書いています。作中で、子供を失った母親が満開の桜の木の下で狂い死にする能の話が出て来ますが、室町時代の能で「桜川」という演目が由来のようです。また、作品に出て来る平安時代の人々は、桜の花がすぐ散ってしまう事から「死」を、落ちた花びらが短時間で茶色く変色する事から「移り気」をイメージし怖れていたようです。昔の人がこう桜を見ていたとは、面白いですね。
今でも「桜の木の下には、人の亡骸がある」という話を聞いた方がいるのではないでしょうか?
これは1928年に梶井基次郎さんが発表した小説
「櫻の樹の下には」が始まりのようです。

満開の桜、美しいですがあっという間に散る姿に、昔からいろんな考えを持つ人がいたのでしょう。

【読後感想】


常識と違う視点

桜の花が大好きで、花見も好きな私には、桜の花を怖いと思う気持ちが理解出来ず冒頭で驚きました。常識的な考えに違った視点を与えられ、驚きと好奇心で作品にどんどん引き込まれて行きました。昔の人が怖れていたという話だけでなく、満開の桜の下に人がいない様子の描写は、不思議な雰囲気を想像させ、確かに少し怖い感じがしました。最後はかなりビックリな結末ですが、その頃には作品の世界にどっぷり浸かっていて違和感なく結末を受け入れていました。常識を覆し破天荒な作風が特徴の坂口安吾さん、昭和を代表する作家と言われて納得です。

桜を怖れていた昔の人達と一緒に、
不思議な心の旅をしてみませんか?

最後までお読み頂き、ありがとうございました。


この記事が参加している募集

読書感想文

桜前線レポート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?