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絵を買う(出逢い,そしてタイミング)。

 住まいを購入した際に、リビングに「ピクチャーレール」が付いていて、それならと、クリムトの複製画を2枚買った(図録の写真を原版に、キャンバスに1枚ずつ印刷しますという触れ込みで、それに合わせて作った、いかにも世紀末ウイーンっぽい額と同時にででないと販売しないという、こだわりの複製画ショップだった)。値は張ったが、今でもその美しさはそのままなので、良い買い物だったと思う。

 その後何年か経って、インテリアショップで、リビングに飾る版画を2枚買った。はがき大の大きさで、知らない海外の作家さんのものだけど、部屋の雰囲気を作ってくれているところがとても気に入っている。

 アーティストの個展を訪れるたび、「この絵を『お持ち帰り』したい」というほのかな気持ちに駆られながらも、なかなかその機会は訪れなかった。


売約済の作品の狭間で

 その作家さんの個展の情報はInstagramで知った。

 あとで調べると、自宅から徒歩で行かれる距離にある本屋さん+ギャラリーで、散歩のコースの延長のような位置関係だった。

 開催すぐに行くことができたはずなのに、タイミングを逃したあとは突然毎日が慌ただしくなってしまい、はっと気づけば終了の1日前。

 その個展は販売も行っていた。しかし画廊のように「売却済み」シールを貼ったまま展示、という方式ではなく、そのまま持ち帰れられてしまうケースのほうが多く、「実は、展示作品が、かなり残り少ないんです…」というコメントも読んでいた。

 わたしにとっては思い出深い作家さんであったので(後述)、鑑賞できてもできなくても、まさに散歩のつもりで行ってみようと出かけ、開店直後に入ってみた。

 なるほど。

 ただ、最初にそのスペースを見渡したとき、ふと視界に入ってくる絵があった。

 どれも素敵な、パリの街を描いた線画だ。ただ、ほかの作品からは感じないものがそこにはあった。絵として巧み、好き、といったことにプラスしてそれを包み込む何か。

 売約済みのシールが付いていないことも確認した。この絵は持ち帰るべきなのだろう。わたしが。

 そんな確信があって、「これください」と。作家さんはまだ来ていなかったけれど、購入して持ち帰らせてもらった。

 とても自然な流れだった。滞在は5分くらいだったかもしれない。

不思議な夢から覚めて自伝と出逢う

 そもそも自伝を読んだのが、そのアーティストを知るきっかけだった。振り返ればそれも、ふしぎで鮮明な記憶だ。

 コロナ禍ですべての動きが止まって1年ほど、わたし自身もよりによってkindleの読み放題サービスで膨大な自己啓発系の本の海にはまり、佇んでいた頃(1冊読み終わると来る、リコメンドにそのまま乗ってしまった結果だ)、その影響もおおいにあってだと思うが、ある明け方に妙に生々しい夢を見た。

 わたしは断崖絶壁を命綱もなしに、自分の腕だけでよじ登っている。夢なのに、身体の重さを腕に感じる。

 そして映画のシーンにあるように、下からは何かがわたしを追って登ってくる。そしてわたしはなぜか確信している。崖を登り切って地面にタッチすれば、「逃げ切れる」。

 それはワンチャンスで、逃したら次がないことは分かっている。全身の力を振り絞って上を目指す。気が遠くなるような時間が流れる。伸ばした手はいつも次の岩をキャッチし、なかなか上へは到達しない。そして。

 伸ばした手が空を切って、地面らしきところにタッチした。

 その瞬間、わ~っというものすごい歓声とファンファーレが鳴り響き、曇り空から、宗教画のように黄金の光が指した。達成感と満足が全身を駆け抜けた。「ついにやった!『もう、追ってこない』」(?????)

 マンガのようにがばっと目覚めて「…なに、今の?」と。

 冬の早朝。手を伸ばしてスマホを見た。メールやメッセージなどをチェックしたあとで、ふとkindleアプリを立ち上げて…そのときに目に入ったのが、その作家さんの自伝だった。ちょうど読み放題作品に入っていたこともあって、DLした。

 内容といえば、都内在住のデザイナーであった彼女が、50歳にして、ふしぎなめぐりあわせと強運で、パリに渡って定住した、しなやかなサクセスストーリー。

 散歩にもっていって読み、そのあと、人がまばらな原宿のカフェで続きを読んだ。

 わたしには、あまりないことなのだけど、その方のInstagramをフォローし、メッセージまで送ってしまった。すぐにその返事がきた。

作品を通して、作家とつながる

 今こうして部屋に絵がある。とても自然に、ずっと前からあったように。

 作家さんからは、これは彼女の家からそれほど遠くない、パンテオン脇の小道を描いたもの、という説明に加えて、会えずに残念だったけれど、私の絵を持ち帰ってくれたそのことで、つながっていますよね、というメッセージをいただいた。

 絵を買うとはまさに、そういうことなのだと肚に落ちた。


タイミングを逃さずに乗る

 わたしの人生のなかで、何度か、このような「行け!」というタイミングがある。きっとただの偶然だ。

 それでも。

 その偶然にうまく乗れたと思うとき、その前と後は、明らかに変わっている。いわゆる「人生の転機」といえるかもしれない、大きな変化がまとめてやってくる。

 自分にとってのそのタイミングを逃さずに乗ると、そこでつながりを得る。それはさらに新しいところに、自分を連れていってくれる。

 どういう縁かはわからない。もちろん、縁であるかどうかも。

 でも、その作家さんが、どういうわけか、予兆を報せる何人かの存在のなかの、ひとりとなってくれている。ふしぎな夢と彼女の本に出逢って以降、さまざまな気づきがあって、直島をはじめとする旅の1年を送ったし、noteをはじめた。写真のたのしさも知った。

 その繰り返しだ。また、何かがやってくる。

 たぶん今回も。


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