将来の夢
私の将来の夢は、言語学の研究者になることである。こうはっきり言えるようになったのは、つい最近のことだ。
私は、多分ずっと言葉が好きで、そう思わせる幼少期のエピソードがいくつかある。例えば、確か保育園の頃、親のデジカメを奪って、日本語すらまともに読めないくせに表示言語をロシア語だかドイツ語だかに変えて遊んでいたらしい。日本語と英語しか読めない両親はもちろん「これどうするの!」と困ったらしいのだが、私は「戻せるよ。ほら!」とまた日本語に戻したのだそうだ(父が言うには「ボタンの場所を覚えていたっぽい」とのことだったが、そもそもどうやって言語変更の設定を開けたのかは謎だ)。『アナと雪の女王』が流行ったときには、主題歌「Let It Go」を日本語で覚えたあと、英語版を聴いて聞こえるままに歌い(あってはない)、さらに25か国語バージョンも聴いて歌っていた(これもあってない)。あとは、小学生の頃の自由研究で方言についての本を読んでポスターを作ったり、母がどこかでもらってきた、方言がずらっと書かれている手ぬぐいを欲しいと言って自分のものにしたり、方言が大好きでもあった。今でも私は携帯の表示言語を韓国語とかドイツ語とかに変えて、「読めない!」と楽しんでいるし、たまに方言が耳に入ると心の中でガッツポーズしているので、人はそう簡単には変わらないものだ。
しかし小さいころからこの調子なので、自分のことばや言語に対する熱意や興味は当たり前のものだと思っていた。みんなが同じようにことばが好きなはずと思っているから、特別なことだとも思わないし、あえて「私はことばが好き!」とも言わない。だから、中学三年生の時だっただろうか、「言語学」という単語(正確には英語の"linguistics"だった)を初めて聞いたとき、心底驚いたのを今でも覚えている。ことばを研究する学問があるのか、と。そして、みんなが私と同じだけことばに興味を持っているわけでもなさそうだとわかったのも、この時だった。
しばらくして、本屋さんで『ことばと文化』(鈴木孝夫)と出会った。出会ってしまった、の方がいいかもしれない。今から思えば、運命の出会いだと思う。薄めの新書で、もしかしたら人生で初めて読んだ新書。内容は、どれもこれも好きなものばかりだった。「水/湯」と「(cold) water/hot water」の比較から、日本語の一人称の話など、とにかく面白い。この本は、私が面白い、気になると思っていた気持ちを文字に起こしてくれたようなものだった。同じく言語学を好きな友達と話しているみたいな気分で、「ことばが好きなのはあなただけじゃないよ。たくさんいるよ」と言ってくれているように感じた。この本を読み終わったときには、私は完全に言語学の虜になっていた。
話は飛んで、高校三年生。YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」経由で、堀田隆一先生を知った。堀田先生は、慶応義塾大学文学部の英語学の教授で、毎日ブログやラジオを配信され、さらにはYouTubeもされている。アウトプット量が半端ない。毎朝通学の電車で聴いて、書けるときはコメントも書いて、投稿するころに学校に着くというのがルーティーンだった。私は受験勉強が少しも好きでなくて、いつも勉強したくないと思っていたけど、朝堀田先生のラジオを聴いて、来年からはラジオじゃなくて授業で言語学の話を聞くんだ、そのために勉強するんだと自分を励ましていた。
受験が終わってからは毎日同じ時間に移動することがなくなって、ラジオもあまり聴かなくなっていたけれど、大学が始まったらまた通学時間に聴くようになった。この前、「博士論文の世界」というタイトルの生放送を聴いていて、将来の夢の話になったので、「受験生だ、と前コメントしましたが、大学生になりました。言語学関連の分野で研究者になることが夢です」とコメントを送った。そしたら、まず「大学生になった」の部分で「おめでとうございます」の大嵐。そして「研究者になりたい」の部分で「まじか!」「すごい!」「次世代につながってる!」と次々に喜びの声が聞こえた。後日「涙が出るほど嬉しかった」とコメントもいただいた。
「研究者になりたい」
今までぼんやりとそう言ったことはあっても、はっきり言ったことはほとんどなかった気がする。自信がなかったのだと思う。私はことばや言語学が大好きだ。でも、好きなだけで詳しいわけではない。いや、私の年齢の平均と比べれば詳しいだろうけど、言語学の中では完全に素人だ。まだまだ知らないことは山ほどあって、私はそのほんのごく一部しか知らない。でも、あんなに喜んでもらえて、なんで今まで研究者になりたいと言わなかったのかと不思議に思った。研究者になりたいと言うにはまだ早いと、これまで自分に課していた縛りがすべて解けたように感じた。
私は研究者になりたい。小さいときの好奇心、言語学に出会ったときの感動、学んでいく道での興奮、そして手に入れた自信。準備はできた。あとはひたすら前へ、進むだけ。
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