銀河フェニックス物語<出会い編> 第二十五話(最終回) 正しい出張帰りの過ごし方
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・第二十五話(1)(2)(3)(4)(5)
・第二十五話 まとめ読み版
わたしの疑問をサブリナが確認する。
「ジョン、どういうこと?」
ジョン先輩はレイターに聞かれたくないのだろう、さらに声を小さくして答えた。
「『愛しの君』はレイターの前の彼女だよ。でも、若くして亡くなったんだ。それ以来、あいつ、特定の人とはつきあわないで、不特定多数を相手にしているんだよ」
サブリナがわたしに言った。
「不特定多数? それは、ティリー先輩イヤですよね。わかります」
「う、うん」
深く考えずにわたしはうなずいた。
それよりなにより、わたしは動揺していた。
『愛しの君』はこの世にいない。
わたしには関係ない。関係ないのに。心がざわつく。
*
「ほれ、いちごのミルフィーユだぜ」
デザートを運びながらレイターが戻ってきた。長方形のパイの上に四つのイチゴが乗っている。
「うわぁ、レイターさんのお手製ですか?」
「そうさ。ジョン・プーが、サブリナさんもケーキが好きだって言うから、用意しておいたんだ」
その場で四つに切り分ける。
流れるような動作が美しい。
わたしとサブリナに大きく切って、皿に載せた。
ジョン先輩がレイターに文句を言う。
「僕のが小さいよ」
「あんた、カロリー考えな。食いすぎだ」
「そうよ、ジョン。昨日もケーキ食べたじゃない。でも、一口わけてあげよっか」
二人の楽し気なやり取りがうらやましい、と思いながら、わたしはミルフィーユを口にする。
サクサクのパイ生地と甘いカスタードに、かすかなイチゴの酸味。
おいしいのに、酸っぱい。涙の味。
「ティリーさん、どうした?」
レイターがわたしの目をのぞきこんで聞く。
わたしはあわてて言った。
「ど、どうもしないわよ。悔しいほどおいしいわ」
「ならいいけど」
レイターは優秀なボディーガードだ。
表情から、心境や体調を読み取る能力にたけている。
動揺しているわたしを、レイターに気付かれないようにしなくては。
どうしてこんなに心が揺れるのだろう。
『愛しの君』が、この世にいないと聞いて。
*
四日ぶりに自宅へ帰った。
久しぶりに家のベットに倒れ込む。幸せなひと時だ。
いつもならこのまますぐ眠れるのに。
ジョン先輩の声が、耳から離れない。
「『愛しの君』はレイターの前の彼女だよ。でも、若くして亡くなったんだ」
『愛しの君』はこの世にいない。
思えば『愛しの君』の話をするとき、レイターはいつものふざけた表情とは違う雰囲気を漂わせていた。
わたしは思い出した。
ラールシータへ二度目の出張に行った時のことを。
あの時、レイターは口にしていた。
彼女が亡くなったという話を。
「こんな世界消えちまえばいいって、思ってた。てめぇの痛みはてめぇで受けとめるしかねぇんだ」と。
心に残る真剣な声。
あれは、本当の話だったんだ。
眠れない・・・。
レイターは、幻影を追いかけている。
だから、ジョン先輩は、『愛しの君』を追いかけるのをもう止めた方がいい、とレイターに言ったんだ。
断片的な情報が一つにつながっていく。
そして、わたしは自分が嫌になっていた。
『愛しの君』がこの世にいない、と聞いた瞬間、驚くと同時に、なぜか安堵した自分がいたことに。
(おしまい) 第二十六話「料理人の鷹狩り」へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」